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 イギリスのファーンボローで始まった『ファーンボロー国際航空ショー』には、連日一万人を超える人が押し寄せ大盛況だった。  ボーイングやエアバスなどのリーディングカンパニーが、ここぞとばかりに航空宇宙のビジョンを披露したり、誰もが驚く企業との提携を発表し、およそ百ヶ国のプレスが集うメディアセンターは、昼夜を問わず世界中にニュースを流し続けた。  五日間のビジネスデイにおける総取引額は千九百二十億ドル、日本円で二十一兆円を超えていた。  四菱重工のビジネスブースも、F36ライトニングを落札した効果で、世界各国から商談希望の客が殺到し、日本から連泊で出張している武藤、三沢、橋本は、時差ボケも忘れるほど対応に追われていた。 「取締役、落札の宣伝効果は凄いですね!」  束の間の休憩時間、課長の橋本がロブスターのサンドイッチを頬張りながら興奮気味に話す。 「そうだな、想像以上だ」 「今日は商談の最終日ですが、YRJの仮契約だけで、ざっと、五十件もあります」  部長の三沢が補足する。 「部長、二年分の受注を軽く超えました!」 「そうだな。YRJ以外の商談もあったし、大手(おおで)を振って帰国出来ますね、武藤取締役」  武藤が満足げにうなずく。 「あとは、明日の航空ショーで我が社のエンジンを搭載したF36の勇姿を、世界中の関係者に披露して、仮契約を本契約にするだけだな」 「はい! グループの四菱自動車があんなことになって、明るいニュースが欲しかったところです。起死回生の特大ホームランを打ちましょう!」  展示会場チーフのアーロン・ウィリアムズは、短い休憩時間を利用して、明日のエアショーに備える航空機を、遠目から見ていた。  滑走路には英空軍が誇るアクロバットチーム『レッドアローズ』の真紅の機体ホークT1Aが九機出揃い、エンジニアが点検中だ。  そこから少し離れた位置で、F36ライトニングも美しいアルミ製の機体を輝かせていた。  アーロンの位置からは遠くて、親指と人差し指を広げた中に収まるサイズでしか見えないが、キューンというジェットエンジン特有のエンジン音と、ジェット燃料ケロシンの匂いに胸が高鳴った。  隣で見学する、婚約者で同僚のセシル・エバンズが、アーロンの腕をひっぱる。 「アーロン、そろそろ戻らないと。まだ仕事残ってるのよ」 「OK。セシル、先に戻っててくれる?」 「もう、アーロン!」  セシルは口を尖らせてツカツカとアーロンを置いて行ったが、夢中になると周りが見えなくなる彼の子供っぽさが、可愛いくて好きだった。  ファーンボロー国際空港では、エアショーの成功を願うスタッフたちが夜通し働き、深夜になっても昼間のような煌々とした明かりが消えることはなかった。  日本の航空技術の粋を集めたジェットエンジンが、全世界の脚光を浴びる晴れ舞台まで、あと残り十二時間に迫った。
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