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この日のイギリス・ファンボローは、日本の秋口を思わせるほど涼しかったが、パブリックデイに湧く会場は、航空ファンの熱気に包まれていた。
何十発もの花火が打ち上がり、午前十時に開場すると、エアショー目的のツアー客がどっとなだれ込み、常連のマニアは管制塔を目指して我れ先に走った。全ての航空機に指示を出す管制塔付近は、絶好の観覧スポットだ。
青空に映える、二十五メートルの巨大な二塔のパイロンの向こうから、レッドブルの派手なデコレーションを施した副翼機が、猛スピードで疾駆し、機体を斜めにしてパイロンの間すれすれを駆け抜ける。
副翼機がきりもみ飛行で飛び去り、宙返りで空に大きな円を描くと、口を開けて目で追っていた何万人もの観客から、どっと歓声が上がった。
その目線の先を、世界で一番売れているプライベートジェット、フェノム300Eが横切る。
ファンボロー空港はビジネスジェット専用の空港で、敷地内のホテルに滞在するビジネスマン達も、羨望の眼差しでその姿を目で追っていた。
そこに交差するように、日本のホンダジェットが北から南に飛び去ると、低い位置を、人が乗ったドローンが横切り観客を驚かせた。
観客はみな上空を見続け、気がつくと首が痛くなっているほど、空を縦横に使ったデモンストレーションに魅せられていた。
十二時二十分を過ぎた頃、アーロン・ウィリアムズは、敷地内に建つアビエイターホテルで、予約していた婚約指輪を受け取っていた。
セシルにプロポーズはしたが、指輪はまだ渡していなかった。
ダイアナ妃が好んで身につけていた、ロイヤルブルーのサファイアをあしらったリングだ。
ダイアナ妃に憧れるセシルは、私服もダイアナを真似て、ポルカドット柄を好んで着ている。
アーロンは、指輪を受け取ったセシルの笑顔を想像して、目尻を下げた。
ただその前に、自分へのご褒美とばかりに、アーロンはホテルの屋上に上がった。
F36ライトニングの勇姿を、出来るだけ間近で見るためだ。
もちろん、ショーのゼネラルマネージャー、ベン・デイビスの許可は得ている。
十三時のフライトまであと二十分。
アーロンはそわそわしながら、F36の登場を待った。
同じ頃、F36のパイロット、キース・ジョンソンは、コックピットに乗り込みキャノピーを降ろした。
機体の外のエンジニアがタラップを外し、遠くに走り去る。
キースが分厚いグローブをはめた手を伸ばし、主電源を入れると、インパネを彩るLEDのインジケーターが、ヘルメットや上部のキャノピーに目まぐるしく映る。
キースは機体正面のヘッドアップディスプレイで、機体に異常がないことを確認すると、与圧服のホースを機体に繋いだ。
補助動力のハンドルを引き、エンジンがアイドリング状態になったことを確認すると、補助動力を左右のエンジンに繋ぎ、F36のエンジン回転数を上昇させた。
そのまま、機体を滑走路に沿ってゆっくりと直進させ、出力を上げて行く。
ブレーキで速度を調整しながら、管制塔の指示を待つ。
いつでも飛び立てる状態だ。
『ハリケーンキース! レッツゴー・テイクオフ!』
インカムで管制塔の許可を確認したキースは、アフターバーナーを点火し、加速を躰で受け止めながらレバーを引き、機体を斜めに浮き上がらせた。
視界から地平線が消え、白い雲と青空に向かい、キースはさらに上昇を続けた。
一分前に飛び立った九機のレッドアローズも、一糸乱れぬ編隊を組みながら、キースが操縦するF36と合流するタイミングを計っていた。
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