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最終話
碧いガウンを羽織り花道に足を進める英二を、スポットライトが照らす。
英二の勇姿をリングサイドの隆が撮影し、ラーメン屋のモニターと、仏壇の前で正座する初江にも生配信していた。
香織と隆は心臓が縮みそうな思いで英二を見守った。
『カーン!』
「英二! 思いっきり行ってこい!」
板倉の激に背中を押され、英二が四年振りのリングを蹴る。
対戦相手のボクサーとグラブをタッチする。
「Box!」
レフェリーが発するや、英二は左の踵でリングを蹴り一気に距離を詰めた。
格下がいきなり前に出て来て相手が面食らう。
英二は挨拶がわりの素早いジャブを二発打ち距離を測ると、いきなり猛烈な右ストレートを放った。
顎先を捉え相手の頭がガクンと下を向く。
観客が突如ヒートアップし、ワーッと歓声が上がる。
香織も隆も両手を固く握りしめ、祈る気持ちでリングを見つめる。
二、三歩後ろによろけた相手が頭をぶるっと振りグラブを構える。
英二は左右のステップを素早く踏み替え距離を詰める。
焦った相手が放ったワンツーを、ウェービングで避ける。
相手の右脇腹に素早いボディを二発叩き込む。
相手が苦悶に顔を歪めながら、英二の左ガードが下がった隙をつく。
右ストレートを放つ。
英二の誘い水だ。
相手の右に被せるように英二がカウンターの右ストレートを放つ。
相手の左頬骨を撃ち砕く。
英二の左頬をかすめた右がすっと後退する。
相手は足下をもつれさせコーナーに背中を預ける。
開始わずか一分の猛攻に、会場が総立ちで声援を飛ばす。
板倉も拳を握りしめ叫ぶ。
「英二っ! ラッシュだ! 行けーっ!」
「英二さん! 行けーっ!」
隆が拳を握り、思わず立ち上がる。
「お兄ちゃーん!」
香織もつられて車椅子から立ち上がった。
「あ……」
香織が隆に驚いた目を向ける。
「香ちゃん……立った……立ってる!」
隆が香織をぎゅっと抱き寄せる。
香織が拳を突き上げ英二に叫ぶ。
「お兄ちゃん行けーっ!」
英二は猛然とコーナーに迫り、怒涛のコンビネーションを上下左右に繰り出す。
相手の身体から一撃ごとに汗が飛び散る。
試合をいつストップするか、レフェリーが目を凝らす。
亀のように背中を丸めた相手のガードがゆるゆると下がる。
瞬間、地の底から這い出た昇り龍の如き英二の右アッパーが顎を捕え、天井のライトに向けて突きあがる。
相手はグンと顎を上げ、喉仏が正面を向く。
会場がヒートアップし地鳴りのような歓声が轟く。
英二の両眼は、高く突き上げた拳の先の未来を、しっかりと見据えていた。
ー 完 ー
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