緑の庭で約束を

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 思考が追いつかない。これはなんだろう。  ただわかるのは、自分の心臓がとんでもなく暴れまわっていることだけだ。  いや、これは彼の心音なのだろうか。ふたつの鼓動が重なっている。 「おまえの居場所はここにあるだろう」  低く甘やかな声が耳朶を打った。  背中にまわされた男の腕が、崩れ落ちそうになる杏の身体をしっかりと支えている。  泣きそうになった。 「……トム」  こぼれた声はかすれていて、こみあげる涙を根性で押しとどめる。 「キミはいつだって先に進む。俺が行くと言ったのに、キミのほうがやって来た。かと思えば帰るだって? 勝手すぎるだろう」 「え?」  父親に連れられて訪れた東の国。そこで出会った黒髪の少女は、幼いトーマスの心を奪った。もっと一緒にいたいと泣く少年を、父は抱きしめた。 「トムも、覚えてたの?」 「心外だな。約束しただろう。大人になったら迎えに行くって」 「お生憎(あいにく)様。私は、思い立ったが吉日、鳴くまで待てないホトトギスなのよ」 「鳥? 自由なキミらしい形容だ」 「私が鳥ならあなたは大樹ね。この庭みたいな」  木漏れ日を見上げながら杏が言うと、トーマスは残念そうな顔で、「どうして今はクリスマスじゃないんだろうな」と呟く。  だから杏は答えた。 「きっと庭のどこかにヤドリギはあると思うし、夏にクリスマスを迎える国もあるわ」  微笑んだトーマスの顔が降りてきて、杏はそっと瞳を閉じた。  今度こそ唇に受けたキスは、未来を誓う新しい約束。  困難はたくさんあるだろう。  だけどきっと、トムがいてくれさえすれば、そこは住めば都となるのだ。
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