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――トムは覚えてなさそうだけど。
目の前で苦虫を潰したかのような顔をしているトーマスを見て、そっと息を吐く。
「聞いているのか、キョウ・トーヤマ」
「はいはい、聞いてますよ級長さま」
「その態度に問題があると言っているんだが」
「大和撫子なんて幻想よ。イマドキの女性はもっと先進的でなくちゃ」
「今時の女性は、男を泣かせるのか」
「女に負けたって泣きつく男のほうに問題はないの?」
彼の背後で不機嫌面をしている少年たちに目をやると、睨み返される。
ついさっきまでは悔しそうにしていたくせに、級長を味方につけた途端にあの態度。虎の威を借る狐は、杏がもっとも嫌うやり方だ。
だから杏は言ってやった。
「たしかにアリスは可愛いけど、選ぶ権利はあると思うの。寄ってたかってアピールしてくる男は御免だわ。申し込むなら正々堂々、ひとりで来なさいよ」
「……僕が聞いていた話と違う」
「なら確認することね。トムが彼らの味方であるように、私はアリスの味方なのよ」
「わかった、改める」
トーマスが重々しく告げたのを背に、杏は女子寮に向かって歩き始めた。
憧れの寄宿学校は、想像以上に窮屈だ。二年経っても変わらない。
留学生の受け入れ――そのなかでも東洋人は杏が初めてということもあってか、教師らも扱いに苦慮しているように感じられる。杏にできることは、まっすぐに強くあることだけ。
――でなくちゃ、三井のおじさまに申し訳が立たないわ
留学がしたい。
杏の希望は、周囲にいい顔をされなかった。外国人と仕事をする機会は増えているとはいえ、あくまでも男の仕事だという考えが強い。貿易商の三井が口利きをしてくれたおかげで、ここにいる。
十三歳から十八歳まで、たったひとり見知らぬ国で生活する。それは、じゃじゃ馬娘と称された杏にとっても容易ではないことだ。
裕福ではない遠山家では、費用の面で期待できない。
杏は己の頭脳と度胸で権利を勝ち取ったし、反対をおして留学している以上、気軽に帰国もできない。孤立無援、背水の陣である。
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