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「どうしようマリー。トムが可愛すぎるんだけど」
「あの堅物級長を可愛いなんて形容するのは、キョウぐらいなものだわ」
手足が伸び、すっかり大人の身体を手に入れたマリーが呆れたように言うけれど、杏はそれどころではない。あれ以来、なんだかトムの顔をまともに見られなくなっている。
「そう? 真面目っぽく見えてたまに抜けてるし、不意をつかれたときの顔とか子どもっぽいし、わりと照れ屋だし」
「照れ屋?」
「うーん、なんていうかね、失敗を見られるのを恥ずかしがっているっていうか。まあ、カッコつけるのは男の性分かもしれないけど」
「どうでもいい相手になら、恥ずかしがったりしないと思うけど?」
「私たちはバディだし、先生たちに都合のいいコンビだから、ちゃんとしないとっていう意識はあるでしょうね」
「……先生方の期待に応えるためだけとは思わないけど」
「ああ……。トムってばいい家のお坊ちゃまだもの。今後のこともあるわよね」
マリーが深く息を吐く。
そうか、そんなに大変なのかと、杏は名家の重みとやらに思いを馳せた。
遠山家は庶民だ。留学なんて派手なことをしているのは、祖父が繋いだ縁があってこそ。スポンサーである三井氏には定期的に手紙を出しているし、成績もきちんと報告している。彼の名は学校でも通っているらしく、ミスター・ミツイが寄贈したという旨の絵画が飾ってあるのも知っている。
四年も経てば、杏だって気づく。おそらく三井氏は、自分を足掛かりにしたかったのだろう。海外留学事業に着手すべく杏を使った。
生半可な気持ちでは、頼れる者がいない異国の地で戦えない。その点、杏は逃げ出すことはないと踏んだ。
そのおかげもあってか、顔立ちの異なる新入生の数も増えてきている。懐かしい母国語で話しかけられて、涙ぐんでしまったこともあるぐらいだ。
子どもに対してあくどいと思うが、彼のおかげで今の暮らしを手に入れたのだから、お互いさまなのだろう。
けれどこれから先は、杏が自分で作り上げていかなければならない。
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