緑の庭で約束を

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 ――だから、せめて今だけ。この学校にいるあいだぐらいは、トムを好きでいたっていいじゃない。  先日送り出した寮の先輩は、卒業後は親の決めた相手と結婚する。五年生になるときに相手に引き合わされていて、幸いにも交際を重ねるうちに好ましく思うようになったという。相手の男性は社会で働いていて、すぐにでも彼女を迎えられる。彼女に懸想していた例の男は、横恋慕以前の問題だったといえよう。  スクールに在籍している生徒たちは、卒業とともに将来の相手を見定めていく。そのためには、最上級生になるまえに相手が決まっている場合が多いし、それが同じ学校の生徒である率は高い。  そしてその中に、異国人の杏は含まれていない。  声をかけてきたとしても、その場かぎりの相手を求めているに過ぎない。  四年生にあがると社交練習のパーティーへ参加できるのだが、誘いをかけてくる男子が後を絶たなかった。入学当時、こちらを奇異な目で見たり、笑ったり、意地悪を言ってきた奴らがこぞって「おまえが知らない場所を見せてやるよ」とか「興味あるだろ」とか「俺が連れていってやるよ」とか言いながら迫ってくるのはなんの罰ゲームなのか知らないが、他をあたってほしいと心底思う。  十代後半にもなると、体型には歴然とした差が出てきた。人種の違いはこんなにも明らかなのかと、杏は苦い思いを抱える。  怖い。  そんなことは口が裂けても言わないし、態度にも出さないようにしているけれど、彼らに相対するのはひそかに恐怖だ。なぜか一対一で挑んでくるのは、かつて「集団ではなく一人で来い」と言ったことを律儀に覚えているのか。後先考えない自分を少しだけ悔やむ。まさに後悔後に立たず。
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