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市川は、戸惑った。
聞いたことなどない、仇討ちの相手が自分の首をくれてやるなどと言うなんて。それも、一年の後にである。だが、と市川は思った。
(俺はこいつには勝てん。そしてこいつが俺の前で死んでくれさえしたら。俺は大手を振って国に帰れる)
仇は討ちたい気はある。だが、市川には到底無理な話だった。
だが、馬杉は自ら首をやろうといってくれている。
たかが一年、我慢するだけで。
それは非常に良い申し出であると思った。だから、頷いた。
「そいつは……俺からすれば願ったり叶ったりだが……。一年後に来ればよいものか……近くに家でも借りて、お前様を見守りでもすればよいのか」
「うん、それだが。俺はこの通りの重病人だ。自分で飯を作るのも、床を整えるのも一苦労の有様でな……。どうだ、俺を看病してくれないか」
「看病か……」
「問題ない、俺は労咳ではなし」
「あんたは寝ている時に俺が襲うと思わんのか」
「はっははは……。俺がたかが寝ているくらいで、あんたに負けるというのか。この三年……俺は生きながらにして地獄にいた。それは自ら望んで分け入った道だったが。おかげで俺はな。人が俺を殺そうと思って枕元に立っていると、自然に目が開くようになった。薬、酒を飲まされようとも俺はそうやって生きてきた。のう……義兄様よ。あんたはそんな俺を殺そうというのか」
「いや……俺には無理だろう。俺は木刀を振るうより、算盤を弾いていた男だ。そんな男が到底……勝てるわけがない。よかろう、一年。その後は俺に命をくれるのか」
「流石に勘定方だの。己の損得を頭の算盤で試算したか。そうだ。俺は治る見込みもない病人だ。せめて……人間らしく、死にたい。散々人を殺めておいておこがましいが……どうだね。ここに住んで俺を看取ってくれまいか」
「相解った」
そういうことになった。
市川は勤勉、真面目な男である。それ以外に特筆すべき点のない面白みのない男だ。だから、実際のところ、馬杉の妙な提案はありがたかった。あてのない旅は酷くこたえる。親や妹、女房、子供を殺した男の傍にいて、怖くないのか、憎くないのかと言われればそれは多分に心に濁りがあるけれど、それよりも震えながら一人で誰もいない山寺で眠るよりは随分と良かった。
今は初夏である。一年後、というよりは来年の冬まで。
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