不覚の仇討ち

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仕方なしにだが、馬杉の看病をしてやることにする。馬杉の小屋はどうも、病人を寝かせるには不十分なものだった。粗末な小屋に湿った布団、一組。数枚の着物、水差し、茶碗。そう言ったものがあったけれど、いずれもどこか黴かび臭かった。体を動かすのが辛いのだろう、少し動いただけで馬杉はぜいぜい、と息をきらしはじめる。 (一年の間、よりもっと前に死んでも俺は構わんが。雑に看病して切られては困るからな。精々、やることはやって、気持ちよく死んでもらおう) そう思った市川はまず、市川から金をもらい、布団を二組程買い込んだ。一組は自分の、もう一組は馬杉の替えの布団だ。常に清潔にできるよう、天気のいい時は布団を天日干しにした。そして陰気に閉じられていた小屋の粗末な窓を開け放しにして風通しを良くする。黴は体に良くない、と医者から聞いたことがあったからだ。ましてや自分も寝泊まりするのだ。体に害がないようにしたかったので、隅々まで丁寧に磨きあげ、それを常々守るようにした。 飯を作るのも慣れていた。勘定方の、たいした趣味もない男だったが魚釣りをよく好んでいたので、たまに魚を自分で捌き、酒の肴を拵えることもあった。そのおかげで海の傍の暮らしは大層、面白かった。女子供しかいない浜辺で、釣り糸を垂らす。運がいい時には鯛も釣れる。そういう時は、鯛の身は三枚におろし、骨の所を良く焼いて、それから湯にくぐらせると良い出汁が出た。それに米や野菜を入れてやって煮てやれば、滋養のある粥になった。 「あんたは神様が女と男を間違えて作ったような人だ」 そんな暮らしをして、秋口になる頃。馬杉はそんな冗談を漏らすようになった。夜の浜辺に立つ小屋の群れの外れに建つ粗末な此処には人々の生活の音は聞こえず、ただ、波の規則正しいざざん、ざばーん、という音だけが馬杉と市川の耳に入っていた。市川はなんと答えていいかわからず、うん、と言いながら馬杉に粥を渡し、自分も粥を啜りながら言った。 「俺もそう思うが。なにせ、暴力沙汰は嫌いでな。酒も好かん。甘いものは好きだ。整理整頓、掃除、炊事の類は嫌いではない。だが、暴力沙汰は嫌いだ。だから、俺も女になりたかったが。今では厭だと思っている」 「どうしてだ」 「夫に斬り殺されては叶わぬ」 「ははは……俺は無体な男ではない。そりゃあ、俺のしでかした事を見ればそうかもしれんが。俺は真実愛した者には優しいのだ。剣の道などもそうだ。自分が大事にしたいと思う物はな……俺は、心底大切にする男なのだ」 「そうか」 それもそうか。と市川は思った。何故なら目の前にいる男は憎い仇ではあるけれど、その実可哀想な男でもあるのだ。自分の実の父に嫁を寝取られ、あまつさえ二人で画策して馬杉を殺そうとしていたのだ。そんな二人は……殺されても致し方あるまい。そして血に狂ったのならば、致し方……あるまいとは言い難いが理解はできる。 だから、市川はうん、と頷いた。 その様子を馬杉がじとっ、と見ていた。
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