不覚の仇討ち

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やがて冬になった。 海の近場の漁村の冬は酷く応える。 風が常々吹き荒れ、その風は酷く冷たい。 火の気のない小屋の中は寒い、が男二人はどちらも己の身を縮めてじっ、と堪えるしかなす術がないのだった。 ある、夜の事である。 いつものように市川が布団を被って震えていると、「おい」と声がした。 「おい、義兄様よ。起きておるか」 「ああ……どうしたね。喉でも渇いたか」 「そうではない。どうだ、俺の布団へ来るか」 「なんだって」 「一人では暖まらん。二人でいれば少しはこの寒さ、治まるかもしれぬ」 それもそうか、と市川は思ったので素直に馬杉のいう事を聞くことにした。近頃になると少し、咳が治まってきたようで馬杉は市川によく気を遣うようになってきた。体を震わせながら寝床に横たわっている馬杉の横へ行き、布団の中へ入れてもらうと、馬杉の言った通り、少しは温あたたかかった。うん、と満足げに市川が頷いていると、何故か、にゅ、と馬杉は腕を出して市川の頭の下に腕を置いた。驚いて頭を少し上げる振りをしてみれば、強引に馬杉は市川の頭を自分の腕の上に押し付けた。 「なにを」 「あたたかいの、義兄様よ。人肌はあたたかいの」 そう、言ったので。 「ああ」 とだけ言った。 その日はそれで終わったが、次の日もまた、夜中に声がする。「おい、義兄様よ。起きておるか」そう言ってまた、「俺の布団へ来るか」と誘う。 「厭だ」と言いたかったが、気分を損ねられても困るのでまた渋々馬杉の布団へ入ると、馬杉は腕枕の用意をしていた。仕方なしに、そこへ頭を置く。そして目をつぶると。 今度は馬杉の腕枕している先の、手の指が。 市川の寝着の襟元を割り、胸についている小さな男の乳首をかり、と爪先で掻いた。 「なにを」 「戯れじゃ。毎日寝ているから、この時刻になると目が冴えて眠れん。どうじゃ。少し手慰みにこの飾りを貸しておくれ」 「こそばゆい」 「なら、これはどうだ」 そういうなり、ぎゅ、と掴んだ。痛くもなかったので「うん」と言ってしまった。 「うん、それくらいならいい」 「そうか」 馬杉はそう言って、その夜は一日、こりこり、こりこり、と市川の乳首を引っ張って遊んでいた。市川は気味が悪い、と思いながら寝た。 その次の日も、またその次の日も、馬杉は「義兄様よ」と言って布団へ招いた。 市川は、どうも、嫌だった。だからとうとう、言ってしまった。 「なあ馬杉殿」 「ああ」 「俺の乳首を触ってくれるな」 「どうしてだ」 「なにか、妙な心持だ」 「ふうん。そうか。まあ、こっちに来るがいい」 「それは……今日はやめておこう」 「ならば俺が行こうかい」 馬杉が静かに言い、市川が口ごもっていると、がちゃり、と固い音が聞こえた。それは。馬杉が己の刀を握った音だった。その音を聞いた途端に、市川は馬杉がどんなに恐ろしい男であったかを、思い出した。ああ、と思っているうちに馬杉は市川の布団へ忍び込んできて、片手に太刀を握ったまま、市川を抱き込むようにして、布団に入った。 「ぬくいの、義兄様よ」 「……ああ」 「だが……ちと……寒いの……、手が……かじかむ……どこぞ……あたたかい所はないものか……」 そう言いながら、太刀を握っていない手が。市川の太腿をぞろりとなでた。目的が定かでないふりをして。もう、とっくにどこに行こうか、解っている手つきで馬杉は市川の寝着の裾を捲り上げ。臀部を撫で。その先の尻の割れ目を中指でぐりぐり、と押した。 そして市川の耳元で囁くのだ。 「おお……なにか、ありそうじゃ」 そこに在るのは。 市川の、尻の、穴だった。 そこへ、つぷ、と中指の先を入れた。そして、ぐち。ぐち。ぐち。と執拗にほじりつづける。 その様子がなにか、恐ろしゅうて。 市川は震えながら何も、言えずに一夜を過ごしたのだった。
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