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1 雨のヒッチハイカー
平成6年7月。僕が、高松市での営業活動を終えて、国道をスズキフロンテ(軽自動車)をぶっ飛ばして徳島市に帰る途中のことだった。
県境に差し掛かるあたりで、一天にわかに掻き曇り猛烈な雨が降って来た。
時計を見ると3時半。夏の夕立ってとこか。
僕は、急いで窓ハンドルを回して窓を閉めた。こもる熱気。団扇を片手にワイパーをガンガン振って先を急いだ。雨音でラジオの音楽がまともに聞こえない。
県境を抜けた北之灘西というJR駅前の交差点で、赤信号にひっかかった。何故かここでいつも赤信号にひっかっかる。ここの信号は赤が長い。
うう、もう暑い暑い暑い。エアコンが欲しい!
と、その時一瞬、涼しい風が吹き込んで来た。助手席のドアが全開したのだ。
「鳴門方面まで行かれるんでしたら、お願いします! 北之灘東まで乗せて下さい! 」
セミロングの髪の毛から雨水を滴らせて女子高生が、叫ぶように言った。よく見ると泣き顔だ。
この信号で止まるとよくヒッチハイカーが声を掛けてくる。バス停があるのだが、ちょっとしたタイミングのずれで、乗り遅れた客が、あつかましくも乗せてくれといきなり車の前に立ちはだかったりする。
今日は、女の子、しかもずぶ濡れの少女だった。泣きながら乗せてほしいと言われて、断ることはできないよな。
「どうぞ、乗って」
僕は、信号をチラリと見て言った。信号が青に変わった。
少女は、周りを確かめて助手席に乗り込んで来た。
「ありがとうございます! 」
「ずぶ濡れじゃないですか。大丈夫? 」
少女は、本当にびしょびしょだ。急な夕立に、なす術もなかったのだろう。
僕は、ゆっくりと車を発進させた。
少女は、通学カバンとは別に持っていたスポーツバッグを開いてバスタオルを取り出した。
「あ、わたし、水泳部なんです。だからいつも水着とタオルは持ってるんです」
そう言って、タオルを被って髪の毛の水滴をわさわさと猛烈にふき取り出した。涙も拭いているようだった。
「そ、そうなんだ」
僕は、基本的にはヒッチハイカーにはあまりしゃべりかけない。黙っていれば向こうからいろいろしゃべってくれるからだ。
少女は、ひとしきり頭と体を拭いた後、タオルをスポーツバッグにしまった。バッグに付いてるタグに、1年1組 坂東 渚と書いてあった。
それを見て、今日は珍しく僕からヒッチハイカーに声を掛けた。
「君、坂東さんていうの? ああ、そのタグに書いてあったから」
「はい、北之灘高校1年1組坂東渚です。突然すみませんでした。いつもはバスに間に合うんですが、学校から帰ろうとすると突然雨が降って来て、傘も無くて迷ったんです。
雨が止むのを待って次のバスで帰るか、走ってバス停まで行くか」
「それで、走る方を選んだんだね」
「はい、でも、その迷いが命取りでした。すぐに走って、バス停まで行ったら間に合ってたんですけど、躊躇しているうちにタイミングを逃しました。バス停に着いたときには、バスが行っちゃってて。すぐバス停に向かえば間に合ったのに。でも、親切な人に出会えて良かったです。助かりました。」
「え? いやあ、よく君のような人が乗って来るんでね。どうせ帰り道だし。それより、実は僕の名前も、坂東なんです。坂東健太郎っていいいます」
「そうですか。奇遇ですね。坂東さん本当にありがとうございました。
実はうちの学校は、ヒッチハイク禁止なんです。もし見つかったら停学になるんです。でも、今日はとにかく早く帰りたくて……。うう、ううう……うわーん」
なんだよ、なんだよ泣き出したよ。この車に乗り込むときも泣き顔だったよな。
「ば、坂東さん、渚さん、どうしたの。何かあったの? 」
「もうどうしていいかわからない。本当はもうやりたくないんです。それが言い出せなくて。いや、言っても無駄だ。聞いてくれやしない。どうすればいいのよ。うう……しくしく」
渚さんは、顔を手で覆って下を向いて泣いている。
「あのー。君が何を言っているかは分からないけど、言いたいことが有れば僕も聞くだけは聞くよ。話をすれば少し混乱が収まると思うし」
「……そうですね。お話をすれば少し考えが整理できるかも……ですね。あの、失礼ですが坂東さんはおいくつですか? 」
渚さんは、顔を上げてこちらを向いて言った。
僕も運転をしながらチラチラと渚さんの顔を見ながら言った。
「僕は、おっさんに見えるかな。まあ、お兄さんという年でもないし。26歳です。君は高校1年生だから16かな」
「はい。10歳違うんですね。坂東さんは今お仕事が辛くはありませんか?」
「え? 営業職であんまり楽しい事ばかりじゃないけどね。辛いって程じゃないかな」
「そうですか。私は今辛いんです」
そう言って、坂東渚さんはバスタオルをバッグから取り出して顔に押し付けた。
「かなり辛いんだね。さっきから泣き通しだよ。何が辛いの? 」
渚さんは、タオルで顔を隠したままだ。
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