夕立と透明少女

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窓の外から聞こえてくる蝉の声がうるさい。 アスファルトからゆらゆらと陽炎が立ち込めていて景色をぼんやりと歪めている。 街路樹が作る木陰がとても涼しそうだ。 世間ではお盆休みであったが、私はせわしなく働いていた。 しがない苦学生の私にとっては貴重な稼ぎ時なのだ。 どうせそんなに遠くもないのだからいつでも帰省はできるといつものように母に断りを入れ、皆が帰省している間に喫茶店のアルバイトを連日フルタイムで入れる。 夏休みなのだから大学の課題やレポートに追い込まれることもない。 昼夜のまかないで食費も浮かせることができる一石二鳥のアルバイト先を独占できるこの期間を逃す手はなかった。 朝から働いてオーダーを取り、料理を運び、忙しいながらも営業スマイルも忘れないように口角を無理矢理上げる。 見た目が派手なパンケーキが人気のお店なのでどの時間帯も客足は衰えない。 自分と同年代から主婦世代まで様々な年齢層の女性が笑顔でパンケーキにスマートフォンをかざし、自分の美しい日常を切り取る。 画面外の店員の私はその美しさを汚さないようなるべく静かに、けれどなるべく素早く店の中を駆け回った。 もちろん、大学生らしく遊びたいという気持ちはある。 ただ無理をして女手一つで大学まで入れてくれた母にこれ以上迷惑はかけられないし、奨学金だけでは生活が心もとない。 振り返るための今を作るより未来を見据える。 それが私、宮本茜のモットーだった。
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