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最後の書道教室
最後の書道のお稽古が終わると、私は正座をしたまま、先生に深々と礼をして母親から持たされた菓子折りを渡した。
「ちょっと待っててくださいね」
先生は膝に手を置いて「よいしょ」と立ち上がり、自室に続く扉を開けて中に入っていった。
私はその隙に文机の横にある本棚から宮沢賢治の詩集を抜き取って、道具バッグに入れた。
ここで6年間過ごした思い出か、ショーイチちゃんの思い出としてか、何故なのか分からないけれど、どうしてもそれを手元に置いておきたかった。
初めて人の物を盗んだ。
先生が戻って来る前に心臓の高鳴りを鎮めるように何度も息を深くした。
戻った先生の手にはラッピングされた小さな箱があった。
「中学校に行っても勉学と部活とに精進してくださいね」と先生から高級シャープペンシルを渡された。
「ありがとうございます。がんばります」平静を装った。
靴を履き、頭を下げて「先生、本当にお世話になりました」ともう一度お礼を言って、安っぽいプレハブ小屋を出た。
それっきり先生に会うことなく、その場所にも二度と行くことはなかった。
年が明けて、先生は田所正一の殺人容疑で逮捕された。
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