2.瞳が、くすむ。

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2.瞳が、くすむ。

簡単で、すぐにヤレそうな女だと思った。 初めて琥珀に会った時、失礼を承知でそう思った。というか数年前に本人にはそれを伝えたら、なにそれひどーい、と全然傷ついてもない具合でくすくすと笑われて終わった。そういう所だ。そういう所だよ、琥珀。 初めて会ったのは中学の時。2個上の兄貴の彼女。高校生だった琥珀は、兄貴の背後からひょっこり顔を出して俺をじーっと見つめた。まんまるの目が俺を写して、明るい茶色の瞳に俺が透けて見えた。 琥珀、なんて名前、こいつが生まれてその瞳を見た琥珀の親が直感でつけたんじゃないかと、確信してしまうほど宝石みたいにきらきら光っていて。それを隠すくらい目じりが細くなり、一気に幼くなった笑顔で、燐くん、と名前を呼ばれた瞬間、ああ、俺、きっとこの人のこと絶対忘れないんだろうなあ、なんて思った。 恋なんて感情知らなかったから、それが一目惚れなんて自覚したのも大分後からだった。兄貴と琥珀の結婚が決まった後だった。 よく兄貴がボヤいていた。琥珀、あいつ隙が多すぎていつ浮気されるか分からないと。迫られても口だけは拒否するけど、押されれば流されてしまうような、簡単な危うさが不安になると。 死ぬほど同意したかった。まるで自分のことが好きなんじゃないかと錯覚してしまうほどの甘い視線と、甘い声と、甘い香りとで、引き寄せられて捕まえれば、そりゃそのまま頂いてしまうのが男の性というものだって、分からないと思いきや琥珀はそれを心の底から理解してるから、厄介なんだ。 「……琥珀、入れて」 『……』 インターホン越しにそう強請れば、琥珀は無言だったけどしばらくしたらガシャンと鍵が開く音がした。 何度ももう部屋には入れないと言うくせに、結局何度も琥珀は俺を赦してしまう。分かってる。どうせ彼女の中で俺は大した存在じゃないから、すぐに忘れて今まで通り。それが嬉しいのか悔しいのかよく分からない感情のまま、このドアを開くのも数え切れないほど経験していた。 けど、今日は違った。
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