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「た、だいま」
小声でリビングに向かって声を放てば、しばらくの物音のあと、扉からひょっこりと顔が覗いて「おかえり」と一言残してまたいなくなってしまう。
引かれるように部屋に入れば、緩いスウェットに着替えた燐くんが険しい顔で鍋をぐるぐるかき混ぜていた。ほわほわあがる湯気と、食欲を掻き立てるいい匂いが私を誘惑する。
「おいしそう」
「……上手くできてるか全然わからん」
「味見はしたの?焦げてなかったら大丈夫だと思う」
「してない。食べて」
スプーンですくったそれをふーふーしてから、燐くんが、ん、と差し出してくる。熱さに躊躇しながら口に含めば、外気で冷えた体を温めてくれる温度がほんのり口に乗って、美味しさがいっぱいに広がった。
「おいしい。完璧」
「とりあえずシチューは作れることは証明された」
「燐くん器用だから、頑張れば他にも色々作れるようになると思うよ」
もう一口食べたくて、アーン、と口を開ければ、私にスプーンを差し出そうとした燐くんが一瞬動きを止めて、私の腕を引っ張る。
「んっ、」
降ってきたのはまろやかなシチューの味ではなく、溶けそうに柔らかい燐くんの唇だった。に重なり合った唇から慣れたように舌を入れて、私のに絡めてから吸い付く。
しばらく私の口内を堪能してから顔を離した燐くんは、赤い舌で唇をぺろりと舐め、「ほんとだ、美味い」と口端をあげて満足気に笑った。
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