私の木

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「ああ、もう泣かないで」 隣から赤ん坊の泣き声がした。 「あら、おかえりなさい」 私に気が付いたのか、お隣さんがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。 「ああ、もうこの子は本当に元気で、もうずっと泣いていて、ああ、かわいい。かわいい。ねんねしましょうね」 そういったお隣さんに私は作り笑いを浮かべた。  子どもができると大変。そんな話をもうずっと聞かされていた。 「あなたも、子どもをもつといいわ。ねえ、いつになるかしらね」 「それは、私にはわかりませんから…」 「そうよねえ、早くできるといいわね」 泣き続ける赤ん坊を揺らしながらしゃべるお隣さんを、私は話半分に聞き流していた。 「あら、このかご!とっても素敵じゃない!」  お隣さんが私の買ってきたばかりのかごに目を付けた。しまった、隠すのを忘れていた。 「私、いま子どもがいて大変なのよ。ほら商売にもいけなくて、それでこの子の服を買って入れておくかごが欲しいと思っていたのねえ」 お隣さんはどんどんと私に詰め寄ってきた。 「ほら、子どもがいると、ひとりで出歩けないし、抱っこで腕はふさがっているし、こんな大きなかごはもって帰れないし、でもどうしても欲しいわ。やっぱりこの子の服がたくさん入る素敵なかごが欲しいもの。ええ、そうよ、本当にいいかごね……」 「それじゃあ」  しゃべりつづけたお隣さんは結局私が買ってきたばかりのかごを持って、自分の木の下へと戻っていった。 「子ども」と言われると、譲らざるを得ない。それがこの生活の掟だった。 子どもは何よりも大切にされるものだといわれてきた。  でも、子どもってそんなに偉いのだろうか。  買ってきたかごを取られてしまい、糸がぷつんと切れたように、私はへなへなと自分の木の下にしゃがみこんだ。  そしてそっと私の木を見上げる。 「ねえ、」 木にそっと話しかける。 「子どもってそんなに偉いのかな」  さらさらと風が流れる音だけが聞こえる。  子ども、か。私はそう思い、ゆっくりと膝を抱えた。  私たちの暮らしで、子どもは、木が授けてくれる。  成っている果実の中で、いつもよりも特大の大きさになるものがある。そのなかに子どもが入っているのだ。その果実はどんどんと大きくなっていき、やがて重みに耐えられず落ちてくる。その落ちる衝撃で実が割れ、そこから赤ん坊が出てくるのだ。  その瞬間を私は見たことがないけれど。 「本当にそうなのかな」   小さくつぶやいた私の声は、木に届いているだろうか。
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