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私はまた街に出る。
3日かけて煮込んだジャムをついに、市場に投入する日がやってきた。
重いかごを背負い、街への道を歩いて行く。到着まで30分ほど。
街では最近、「活動」が盛んにおこなわれている。
大きな工場が次々と建設され、そこで多くの人が働いていた。今日も工場の入り口で、太めのおばさんが、声を出していた。
「すべてを木に頼るような生活はもう終わりです。これからは自分の力で自分の道を切り開く時代です」
おばさんは饒舌に街ゆく人に声をかけていた。
「この工場で働きましょう。私たちはあなたの自立を支援します」
「あなたもいかがですか」
ふいに活動家のひとりに声を掛けられ、私はびっくりして飛び上がってしまった。
飛び上がった衝撃で、背負っていたかごがずれ、そこからジャムが飛び出してしまった。
おばさんはそれに驚くと、それでも地面にしゃがみ、ジャムを拾ってくれた。しかし、「こんなジャムなんて」といいながら、それを私のほうに押し付けてきた。
「時代錯誤です。これからは、手に職をつけて、自分の力で生活をするべきです」
「はあ…」
おばさんに圧に負け、思わず地面を見てしまう。
「よく考えてください」
おばさんはそういうと、今度は別の人に声をかけにいった。
「……」
声が出せずに、お辞儀だけをし、私はジャムをかき集めるとあわててその場を走り去った。
走った勢いが止まらずまた道路で転んでしまった。
ジャムが道に散乱する。勢いよく転んだせいで、膝も顔も擦りむけているのがわかった。
腕の力を使い、地面に擦りむいた顔をゆっくりと上げた。視線を上げた先、街中の人が私を見ていた。
息が荒い。
大 丈夫。そう自分に言い聞かせながら、私はまた落ちたジャムを拾い集めた。
「大丈夫?」
上から声がしてそちらを向くと、髪の毛の短いかわいらしい女の子がそこにいた。
「これ、おいしそうね」
私が落としたジャムを拾いながらそういった。
「このストールと交換できる?」そう言って、首にかけていたストールをこちらに差し出してきた。突然のことで驚き一瞬声が詰まったが、「ええ、大丈夫」となんとか声を出すことができた。
そのストールを受取り、私は「どうぞ」といい、ジャムを女の子にあげた。
もらったストールはよくできていて、様々な色合いがまるで光のように美しい波を作り出していた。
「そのストール、そこの工場で私が作ったの。とってもきれいでしょ。」
少女は私にそういった。
そしてしゃがみこむと、「やっぱり時代は工場よね。不器用な私でもこんなにきれいなものが作れるんだもの」そういうと、私の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせると、「じゃあね」といって去っていった。
さざ波のように、心が揺れた。
木の下に帰ってもさっき聞いた街の言葉が頭をめぐり続けた。
「自分の力で切り開く」「不器用な私でも」
その言葉が何度も何度も頭の中で繰り返された。
「もう木に頼る生活は終わり」
でも。私はゆっくりと顔を上げる。葉の隙間から星空がのぞき込む。
「私はあなたと一緒にいたいと思うよ」
その言葉にまたさらさらという音が答える。
いつもと変わらぬ様子に、私は小さくため息をつくと、ゆっくりと木に抱き着いた
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