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14 years old
「山守さんのお兄さんって、顔がいいよねぇ」
「そうかな」
あゆみはセーラー服の上に着たPコートの襟を整えながら、階段を先に降りて行く友人にぼやけた言葉を返した。
街の塾が終わるのは22時。
暖房が効いた部屋との温度差に、ぶるっと震える。
初雪の近そうな寒さだった。
「またね」
「うん、また明日」
友人は迎えに来た自動車へ目がけて歩いて行く。
あゆみは、少し離れたところに立っている細身の青年にゆっくりと向かって歩いた。
ファー付きのダウンジャケットをしっかりと着込み、スキニータイプのジーンズの足元は白いスニーカー。
ちなみにこのファーはフェイクファーらしい。あゆみがたぬきの毛皮じゃないんだとからかったところ本気で嫌がられたので、それからは話題にしないようにしている。
青年はあゆみより頭ふたつ分背が高く、同じ黒髪をさらりと揺らす。
一瞬見とれかけたのをごまかすため、あゆみは顔をしかめた。
「顔がいいだってさ。よかったじゃん」
「へぇ」
「上手くなったね、人間に化けるの」
「うるせぇ」
流石に父親の姿で毎日塾に迎えに行くのは不審だということで、たぬきは実在しない兄の姿であゆみを迎えに来るようになっていた。
奥二重の瞳は薄茶色。たぬきの毛の色だと、あゆみは思っている。
夜闇では分かりづらいが太陽の下だと色素が薄くて宝石のように輝く瞳だ。
そんなたぬきの両手には、小さな缶が握られていた。
「コーンスープとココア、どっちがいい?」
「ココア」
「ほら、やる」
「ありがとう」
軽く投げられた缶を受け取ったあゆみは、両手で包み込んで暖を取る。
ひと口飲んだところで、たぬきが空になった右手を差し出してきた。
「帰るぞ」
「やだよ、兄と妹で手なんか繋がないよ」
「ちっ」
しゃかしゃかとコーンスープの缶を振りながら、たぬきが歩き出す。
「しっかりと振らないと底に残っちまうからな」
「下手だもんね、ポン吉」
「だから俺の名前はポン吉じゃねぇ」
あゆみは少しだけ駆け足でたぬきに追いつき、並んだとき、ふたりの歩くスピードは揃っていた。
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