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物語を「読む」「批評する」ということ
こんばんは。
明日から三日間、ワクチン接種のためバイトのお休みをいただきました。
この三日間で読みためているエブリスタの本棚を整理したり何か一本短編を作ることを目標としている熟成みかんです。
あんまり調子悪くならないといいなあ……。
今回は物語をいかに「読む」かということについて語っていきたいと思います。
このエッセイの読者の皆様は物語を読むときはどんな気持ちで読んでいるか
?
私はわりと必死に読む丹精込めて作られた作品の意図を汲み取ることが読者の責任だと思う。
どうにかして伝えたいテーマがある。そのテーマをいかにくどくなく、一人よがりにならずに、なおかつ興味をもってもらうように書かれた文章を不足なく感じ取りたい。
そのうえで物語を読むというのは本当に難しいと思う。
読み手の作る物語に対して経験や知識が追い付いていないとその物語の本質を理解しきれないまま無駄な時間をすごしてしまう。
だからこそ必死で、一文一文の意図を感じる責任がある。
好みじゃない表現も、煩雑なテーマも読者はその意図を汲み取らなくてはならない。
……ここまでいうと大袈裟だが読者は「読者だから」と無責任に読んでは物語はもったいないと思う。
そのうえで改めて言うが物語の感想を書くというのは非常に難しい。
逆に個人的には批評をすることは簡単だ。
私が普段、物語を書くときに意識していることの粗を指摘するだけだからだ。
あまりに読みずらい文章は指摘をするだけして終わる。
文章をリズミカルで読みやすいか。
導入で読者を惹きつけられているか。
不自然な展開はないか。
目の引く表現を書くことができているか。
文量は適切か。
登場人物は魅力的か。
しっかりと物語がオチているか。
それらを総合的に踏まえて作品がどのような味わいになるかをイメージできているか。
それらを基準にしながら私は批評トピックを行った。
そのうえで驚いたことが一つある。
過去のトピックの内容を見れば私がいかに偉そうに辛辣に批評を行っているのがわかるはずなのに、それでも批評を求める方が多くいたことだ。
そのなかにも私の批評が参考になるとわざわざトピックを覗いてくださるかたもいたのだ。
自分の勉強も兼ねて「読者」ではなく「作者」として感想を考える練習という一種の自己満足にすぎないトピックだった。
そんな中でも批評を求めて作品を投稿してくださる参加者の皆様に改めてお礼を申し上げて今回の更新を終えることとする。
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