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あちゃー、傘持って来るの忘れちゃった。
今日は午後から本降りだから、絶対に持ってきなさいってお母さんに口酸っぱく言われてたのに……
部活帰りの昇降口で、彼女は朝の母親との会話を思い出して後悔していた。
外は、土砂降りの雨。薄暗い秋の空からは、恨めしいばかりの冷たそうな水の塊りが容赦なく落ちて来る。
置き忘れの傘を探してると、そこに誰かの気配が。
「あのー、これ。この傘を使ってくれよ」
そこには、ぶっきらぼうに折りたたみの黒い傘をさしだす、クラスメートの男子の姿が。
「え? だって、そしたら君が濡れちゃうじゃん。今日の雨は冷たいから傘絶対に必要だよ。そうだ、二人で相合い傘して帰ろうよ。そうすれば二人とも濡れるのは半分だけだし」
彼女は、そう言うと、彼が差し出して来た傘を受け取ると昇降口のひさしのところで開きながら、彼に向き直った。
彼は、彼女の言葉を聞いて、一瞬、どきりとしたようで、少し嬉しそうに、顔を赤らめた。でも、その後で彼女の視線から顔を逸らすようにした。
「大丈夫だよ。実は、今日はお母さんが近所にパートに来ててさ。校門の外まで迎えに来てくれてるんだ」
彼は、彼女にそう言い放つと、イキナリひさしから飛び出して、雨の中校門に向かって全力で走り出した。
彼女は、彼を止める事も出来ずに、仕方なく彼の傘をさして冷たい雨の中自宅に向かって歩いて行った。
* * *
翌日は、昨日の雨が嘘のように止んで秋晴れの澄み切った天気だった。彼女は、昨日のお礼と共に彼に傘を返そうと早めに学校に向かった。
しかし、彼はいつまでたっても教室に現れなかった。
ホームルームが始まって担任が入って来ても、彼は現れなかった。
「昨日の雨で、傘をささずに帰った若者が一人、ずぶぬれになってカゼを引いたそうです。先ほど家の方から連絡が来ました。君達は、そんな無茶はしないようにな。職員室に相談に来れば傘の一本ぐらいなんとかするから……」
彼女は、昨日の彼の振る舞いを思い出して、バカだなぁと思いながらも、なぜか少し嬉しくなった。
しかたない、学校帰りに彼の家にお見舞いに行ってあげるか、と密かに心のメモに書き記して、一時間目の教科書を取り出した。
(了)
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