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「何で、何でなの~」 「何がです?」 「社長とか御曹司とかはイヤだって言ったでしょう」 「あ、ちなみに会社は星良が継ぎますけど、俺、今はシステムエンジニア兼、取締役ですよ」 「……バカなの?」  私は両手で自分の顔をふさいだ。頭痛がする。どうしようもないほどに涙が止まらない。    くくく、と笑う怜央の声が聞こえた。声を出して笑う怜央は初めてだったが、それどころではない。 「笑い事じゃないんですけど」 「すみません、もう笑いません」  そう言いながらも声を押し殺して笑っている。 「……ねぇ、バカなの」 「バカと言われましても」 「もう、引き返せないじゃん……」  鼻にかかった小さな声で必死に訴えるも、怜央からの返事はない。 「どうするのよ」 「どうする、とは?」 「もう引き返せないってゆってるじゃん」 「それは……そうでしょうね」 「?」 「そうなるように仕向けましたから」  私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を怜央に向けた。マスカラが剥げてヤバい気がする。 「つまり……どういうこと?」  私の目の前に怜央が椅子から下りてきて片膝を立てて座る。同じ目線で話をするため高さを合わせてくれているようだった。 「つまり、故意的かつ、計画的かつ、確信的な偶然です」  怜央は囁くような声でゆっくりと語りかけてくる。 「嘘でしょ……」 「嘘じゃないです、引き返されでもしたら困るので」 「困るって……だってそれもう偶然じゃないじゃん」 「偶然じゃないですかね」  怜央はおもむろに眉を上げた。 「それは必然です」 「では、今から引き返しますか」  怜央がどちらでもかまわないような涼しい顔で尋ねてくるので、よっぽど引き返せたらいいと思ったが、目の前の小憎たらしい男がすでにかわいくてしょうがないと思っている自分がいて、そんな自分に嘘をつけるわけもなく、くーっと心の中で叫びながら両手で握りこぶしを作った。 「引き返っ……しません」 「了解です」  怜央はにやっと口を大きく広げた。一年以上一緒にいるのに初めてのことだった。私の涙は相変わらず滝のように流れて止まらない。驚きのせいなのか、何かに対する安堵のせいなのか、自分でもわけがわからなかった。  それ以上何も言えず、無言でぽかぽかと怜央の胸を両手で叩き続ける。雨粒が落ちるようなリズムはしばらく鳴り止まない。  怜央はその様子を見ながらただただ困ったように笑っていたが、しばらく様子を見守った後で、ゆっくりと私の両手首を掴んだ。細い腕のわりに手は大きくて、私の両手がすっぽりと彼の両手の中へと包み込まれた。私の体温より少し熱い彼の手からじわりじわりと何かが体の中へと溶け込んでくる。  いつも何を考えているかわからない怜央の表情だが、今は少しわかる気がした。  ……くそぉ、やっぱりもう、引き返せそうにない。 (了)
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