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「ごめん、怜央に聞きたいことがある」
怜央、と下の名前で呼ぶのは、彼が鈴木姓であるためだった。鈴木テクニカは社長も幹部も役員も鈴木だらけ。そのため、鈴木姓の社員はみな、鈴木さん、ではなく、役職があれば役職名で、役職がなければ下の名前で呼ばれる。怜央もみなに怜央さんと呼ばれるが、気がつけば私は呼び捨てで呼ぶようになっていた。
「……あれ、私っていつから怜央のこと呼び捨てにしてたっけ?」
「さあ」
「最初はちゃんと怜央さん、って呼んでたよね?」
「たぶん。覚えてないですけど」
「何で呼び捨てになったんだろう、みんなは怜央さんって呼んでるのに」
当初聞こうと思っていた話とは方向性がずれていく。
「わかんないっすけど、たぶん俺が呼び捨てでいいって言ったんじゃないですかね」
「そうだよねぇ、それくらいしかないもんね」
「……で、聞きたいこととは」
私ははっとして、いや忘れてないからね、という表情を身繕ってから話を始めた。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「それはわかってます」
冷ややかな目を向けてくる怜央に対して、こちらも負けじとわざとらしい冷ややかなを視線を返す。
「……週末、会社帰りに突然雨が降ってきてさ、って金曜の帰り怜央いなかったよね?」
「そうっすね。午後休だったんで。でも雨は降ってましたね。朝から雨だってニュースで言ってましたし」
怜央から視線を反らし、ちらつくPC画面を見つめながら私は話を続けた。
「私は傘を持ってなくて、ちょっと待ってたけど結局雨は止まなくって、コンビニか駅まで走ろうとしたのね」
「はい」
「そこにちょうど戻ってきたサラリーマンが、さっと傘を差し出してくれたの」
「へえー、優しいっすね」
怜央は糸のような目を丸くする。
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