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「うん。で、スーツ着てたからたぶん同じ会社の営業部。傘ってさ、返しに行った方がいいと思う?」 「返してほしそうだったんですか?」 「いや、あげるって言われた」 「あげるって言われたならわざわざ行かなくてもいいんじゃないですかね。再会を期待してるなら、返してくれるのはいつでもいいからってゆって名刺の一枚でも渡してくれると思うんで」  怜央は薄く笑った。薄い笑いだったが怜央にとっては大笑いに近い。一年ほど彼の隣りの席にいて学んだことの一つだった。 「別に再会を期待してるわけじゃないからね?本当にうれしかったから改めてお礼が言いたいと思ったけど、やっぱり突然じゃ迷惑だよね」 「……なるほど。谷さんがそうしたいならそうすればいいと思いますよ。俺の意見なんてただの他人の意見ですから。大きな会社でもないですしそのうち会うんじゃないかとは思いますけどね。朝のエレベーターとか、帰りのエレベーターとか食堂とか」 「食堂たまにしか行かないしなあ……でもそうだね、会ったときにお礼を言おうかな」  怜央は少し何か考えてからふいに尋ねる。 「イケメンだったんですか?」 「イケメン……だったかもしれないけど、よく覚えてないな。仕立てのいいスーツに靴だった。それは覚えてる」 「何でアイテムだけ覚えてるんですか」  怜央はまた愉快そうに薄く笑う。 「時計も高価そうだったよ。雨に濡れたらもったいないだろうなあって思った記憶があるから」 「へぇ」  怜央は興味を失った様子で、すぐに自分のPCに向かい仕事の続きを始めた。  その横顔に当たるモニターの光で表情は失われ、今どんな顔をしているのかはわからなかったが、鼻から口、顎にかかる輪郭が黒く美しいラインを形成しておりしばらく目が離せなかった。
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