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「へ?」
「よかったら傘に一緒に。駅までですよね?」
「はい、駅までです……ってさすがに今日は大丈夫ですよ!コンビニで傘を買うので」
私は慌てて彼に迷惑がかからないように取り繕う。
「じゃあ、コンビニまで」
男性は今宵も一歩も引くことなく、高いところから柔和に微笑んだ。
コンビニも駅もほぼ同じ距離にあったので、意味ないじゃんと思いながらも何度も断るのは失礼に当たるかと思い、再度大人しく受け入れた。
コンビニで傘を買うまでしっかりと彼は外で待ってくれていた。
「傘が売り切れだと困りますからね」
彼は品よく微笑んだ。無事にビニール傘を手にして戻ると、スムーズに誘い文句が飛び出したことに自分でも驚く。
「何度もすみません……よかったらこの後お食事いかがですか?」
急だとは思ったが、こんな短期間に迷惑をかけまくりでいてもたってもいられなかった。何か早急にお返しがしたい。
「お時間があったらですけど。何だか二回も申し訳なくて」
「いえいえ、お気になさらないで下さい」
「ラーメンとか……できたてのパンとかお惣菜をテイクアウトでもいいのでぜひお願いします。あ、テイクアウトがいいですよね、知らない人と食事ってゆーのもあれですもんね。甘いものがお好きならスイーツでもいいですし」
私に圧倒されたのか男性は、ははっと声を立てて笑った。
「いやいや、そんなことはないですよ。食事でも大丈夫です。ラーメンのオススメはありますか」
「駅の裏の松明ラーメンってご存知ですか?豚骨ラーメンなんですけど」
「おお~、豚骨大好きですよ」
「かなりこってりですが大丈夫ですか?味はおいしいんですけど、女友達を連れていくときは気を使っちゃう感じのお店です」
男性は話しやすくて、ついぺらぺらと余計なことまでしゃべりそうになる。
「じゃあぜひそこに連れていって下さい」
「今からでも大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「無理してません?」
「いえ、お腹ペコペコです」
大笑いする彼につられて、私も笑いながら彼のさす傘の中に入って肩を並べた。彼はよく笑う人で、私が何か言うたびに笑い声を上げ、そのたびに傘が揺れる。
今、私も紫陽花になっているのかな、なんて馬鹿げたことを考えながら、傘から弾け飛ぶ雨粒をぼんやりと眺めつつ彼の隣りを歩く。濡れないように傘を傾けてくれるので、私も少しでも彼の負担を減らそうと急ぎ足で歩いた。
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