7/7

34人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 何事かと耳を傾けると、社員たちが口々に噂をしていた。どうやら社長が見学に来るらしい。 「社長が来るって」 「いつ?」 「もうすぐそこに来てるらしい」 「急だな」 「珍しいね」 「星良(せいら)さん一緒だって」 「マジか。社内見学かな?」  星良さん、というのは鈴木星良といい、現社長の甥っ子で次期社長。確か三十歳前後で私とほぼ同年代。社長には三人の息子がいたが、全員大手企業に就職だったり、起業したりで鈴木テクニカを継ぐ者はいなかった。星良さん自身も大手企業に就職していたが、武者修行を終えて最近会社に戻ってきたと聞いている。  三人の息子のうち、誰かが戻ってくるという噂もあるにはあったが、進展はなさそうだった。三人も息子がいながら、後継ぎが甥っ子というのは残念なことのように思えるが、星良さんはできがいいと評判で、次期社長というのはほぼ決定事項だという。後で息子が戻ってきたとしても、星良さん以外に会社を譲る気はないと社長自身が断言しているくらいだった。  まもなく、社長が星良さんらしき人物と一緒に、システム開発部のフロアに足を踏み入れた。 「みなさん、お疲れさまです。見学なので気にしないで仕事を続けて下さい」  少し恰幅のいい社長自ら大きな声でみなに語りかけた。未だに営業も続けているので、営業マンらしい軽やかで自信に満ち溢れた、それでいて柔和な声だった。  私と怜央がいる奥までは来なかったが、簡単にフロアを周りすぐに帰っていった。帰り際に星良さんが、お仕事中にお邪魔しました!と爽やかな声と笑顔を残して去っていく。星良さんの顔をまともに見たのはこれが初めてだった。 「……ヤバい、三回目の偶然かも」 「何がです?」  何と、傘を貸してくれてラーメンまで一緒に食べた彼は、星良さんだったのだ。 「傘を貸してくれたの星良さんだ」 「ラーメンも一緒に食べた人?」 「うん」  怜央が見たことのないへんてこな表情を浮かべていたので、私はそれを見て笑い、何とか呼吸を保っていた。  私が好きになりかけていたあの人は御曹司だった。それが少し、いや、非常に残念だった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加