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「ちょーっと、チクっとするからね」
注射を打たれる寸前、アガガの目が光った。私はそれを見逃さず、人差し指と中指で自分の目を指して見せる。「見てるぞ、イタズラするな」のサインを正しく読み取ったアガガは、おとなしく予防接種を受けた。
獣医師の先生は、ニコニコ顔で脚立から降りてきた。
「やっぱり、お姉さんが付き添いのときは良い子ですねえ」
「そうですかねー」
私はアガガを見上げた。5年前にヒグマサイズだったアガガは、今はアフリカゾウを超えるサイズに成長していた。
高校3年生となった私は、ご近所中から『ドラゴンのお姉さん』として認知されている。一生のお願いでアガガを飼い始めたはずの弟は、中学受験を機に大半の世話からフェードアウトした。まあ、私が「今は勉強に集中しろ!」と言ったんだけど。
県内有数の進学校に入った弟は勉強に追われ、アガガのことはたまに散歩に連れて行く程度である。アガガの方も、弟のことは下僕か、よくて自分の弟くらいに思っているみたいだ。
動物病院を出て、ご褒美のはちみつケーキを与えると、アガガは満足げに喉を鳴らし始めた。アガガを飼うまで、ドラゴンが喉を鳴らすとは知らなかった。
公道でいきなり飛び上がると迷惑なので、ドラゴン専用の飛行場まで歩いて移動する。その入り口付近で、何かのキャンペーンが始まっていた。のぼりが立ち、見覚えのある制服を着た人々がチラシを配っている。
「お願いしまーす」
私の目の前にも、さっとチラシが差し出される。相手がイケメンのお兄さんだったのでおとなしく受け取った。
『陸・海・空 一緒に戦う仲間を募集中!』
お兄さんがキラキラした笑顔を向けてきた。
「君、騎士団とか興味ある? ドラゴンを連れてるってことは、騎竜隊志望?」
「あ、いえ。進路は考え中です」
私は無難な答えを返した。とはいえ、私の選択肢に進学は無い。弟ほど頭がよくないので、さっさと就職して家計を支えようと思っている。
「そうか。じゃ、うちのことも候補に入れておいてよ」
お兄さんは白い歯をきらめかせると、チラシ配りに戻った。イケメンはゴリ押しなどしない。
チラシをたたんでポケットに入れると、私は預けていた乗り具一式をアガガに付けて鞍にまたがった。
「さ、行くよ」
声をかけると、アガガは翼のひと羽ばたきで空に舞い上がる。お兄さんが手を振ってくれたのが見えて、振り返した。
私はアガガが離陸するときの、重力から解放されるような感覚が好きだ。飛行場はあっという間に小さくなり、耳元でひゅんひゅんと風がうなった。はじめ羽ばたいていたアガガは、風の道を見つけてより楽な滑空姿勢をとる。帰り道はアガガが覚えているので、私は特に指示もせず鞍に寄りかかった。
騎士団員募集のチラシ――とイケメンのお兄さん――のことを思い出す。実は前から、体力馬鹿の私に騎士団は適職なのではないかと思っていた。その場合、第一志望は騎竜隊だ。
「母さん、なんて言うかなあ……」
つぶやくと、アガガが何? というふうに振り返った。
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