憎悪の声

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「その声を聞いたこと以外、他になんか怖いことはなかったのか?」 「それが、ないんだよ。ラップ音がするとかさ、突然部屋の明かりが消えたりだとか、そういうのよく聞くじゃん、事故物件って。でも、この部屋でそういうのは一切ない。それが逆に怖くて」 「ここって事故物件なの?」 「違うよ、契約した時そんなの言ってなかったし。だけど、そうとしか思えないんだよ」  紺堂は泣きそうな顔で呟く。  彼が嘘を言っているとは思えなかった。  それから時間は少しずつ経過し、日が暮れ始めた頃、予報通り雨がパラパラと降り出した。 「降り始めたな」  カーテンを少し開けて瀧本がそう言うと、紺堂は更に不安そうな顔をした。  雨音がサーッという音から突然、ダダダッという激しいものへと変化していった。ゲリラ豪雨だ。  遠くの方で雷鳴が轟き、まだ夕方の五時過ぎだというのに外はどんよりとしていて暗い。    紺堂が両腕を抱えるようにして震え出した。何かが来るのを予感しているのだろう。小刻みに震える彼を見て、床に座る瀧本も恐怖を感じ始めた。  その時。強い雨音をかき消す低い声が部屋の中に響いた。 「ヤマガタ、お前は許さねえ! 死ね死ね死ね!」  はっきりと聞こえた。空耳などではなく、鮮明に。憎悪のこもった声が誰もいないはずの窓の近くから。  瀧本は全身に悪寒が走った。体が硬直し、呼吸が浅くなる。 「……今、き、聞こえただろ?」  震える紺堂の声。それに反応するように瀧本は何度も頷く。 「……聞こえた。確かに聞こえた。誰だよ、ヤマガタって」 「知らないよそんなの。だから言っただろ、本当だって」  部屋の中を見渡す。変わったところは特になく、霊的な何かがいるような気配もない。  雨はまだまだ降り続いている。 「僕、この部屋引っ越そうかな。もう嫌だよこんなの」  泣きそうな声で紺堂は呟く。この部屋に住み始めてまだ半年も経っていないはずだ。それでも、こんなことが毎回起こっているのならば確かに気持ちが悪い。  だが、瀧本は少しだけ興味が湧いていた。 「確かに、すぐにでも引っ越した方がいいよこんなとこ。だけどさ、もう少しだけ待ってみないか?」 「は? なんで?」 「何かさ、こんなこと普通ないじゃん。俺、こういう心霊みたいなの興味があるんだよ。な、頼む。もう少しだけ」 「お前は他人事だからそんなこと言えるんだろ。ここは僕の部屋だぞ」 「分かった。じゃあさ、俺もこの部屋に寝泊まりするから。それなら少しは怖くないだろ?」 「いや、でも」 「頼む」と瀧本は頭を下げた。なぜそこまでするのか、自分でも明確な理由は分からなかったが、この声をもっと知りたいと思った。この憎悪の声を。
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