憎悪の声

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 案内されたのはどこにでもあるようなアパートの一室だった。  玄関から廊下を進み、洋間が一室。八帖ほどの部屋で、家具が壁に沿うように置かれている。  奥にはベランダに出られる窓ガラスがあり、三階からは周辺の住宅が見えた。  どこにもおかしなところは見当たらない。 「別に、普通の部屋じゃん」  瀧本は不思議そうに言った。  部屋の中は湿気でジメジメとしていて、背中に汗が滲み出る。夏休みが始まったばかりだというのに、このところ雨が多い。  家主である友人の紺堂(こんどう)はエアコンのスイッチを入れ、ソファに腰を下ろした。 「今はな。だから言ってるだろ、まだ時間的にも何も起こらないんだって。あと一時間もしたら夕立が来る。そしたら……」 「声が聞こえるって?」 「そう」  紺堂とはアルバイト先で知り合った。  同い年で別の大学に通う彼とはすぐに打ち解けて、よく話すような仲になった。  紺堂がこの部屋に引っ越して来たのは春頃のことだという。  住み始めて三ヶ月ほどが経過したある日の休日、やることもなかった紺堂は家で横になりながら漫画を読んでいたらしい。そのまま自然と眠りについてしまった彼は、窓ガラスに打ちつける雨の音で目が覚めた。時刻は夕方の五時過ぎ。  嵐のような激しい雨粒が窓を強く叩き、無音のはずの部屋にうるさく雨音が響く。音をかき消そうとテレビのリモコンを取ったその時、誰かの声が聞こえたのだという。 「……絶対に許さない! 死ねぇぇぇ!」  それは男性のもので、憎しみのこもった恐ろしい声だったそうだ。 「本当に聞こえたのか? 空耳とか、他の部屋の住人とか」 「そんな訳ない! だって、僕の両隣の部屋は空き部屋なんだぞ? あれは、絶対に幽霊の声だった! 空耳でもない! 絶対本当だった!」  紺堂は真っ青な顔をしてこちらを見てくる。それが演技だとは到底思えない。  紺堂の真剣な眼差しに負けた瀧本は、雨が降るのを待つことにした。
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