≫≫追憶≫≫

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【追憶:ギリス】 ▼緑青ノ炎 外が怖かった 青い空も白い雲も緑色の植物も楽しそうに歌う薄茶の鳥も 僕の中の大きな緑青の炎が一番怖かった 「……青い狼と星のピアノを弾く王子様?」 「そう!俺も兄様にもらって読んでもらったから本が好きなギリスにやるよ」 頬を赤く染めもらった本人より嬉しそうな真ん中の兄 「そうだな。我が家では代々五歳の誕生日にこの絵本を送る。お誕生日おめでとう、ギリス」 「お誕生日おめでとうギリス!」 長男がリボン付された白いウサギのぬいぐるみをくれた 両親は遠くの本国に呼ばれてしまって 僕の誕生日に間に合わなくて忙しい長男がわざわざ時間を作ってくれて 次男は屋敷のシェフに頼んで教わったという不恰好なケーキを作ってくれたらしい 几帳面でいつも勉強をしているか庭で鍛錬をしている一番上の兄が微笑みながら言った この笑顔は家族にしか向けられないと知っている 周りの人間には厳格で恐ろしいと言われているがその人たちは表面しか見てない 別に僕は本が好きなわけじゃなかった ただ本を読んでいると静かでみんながそっとしておいてくれるから便利だった でもお兄様たちがくれた本はその日から宝物となった 何度も何度も読んだ 大切なものだからぬいぐるみの中に収納があってそこにいつも入れて持ち歩いている 下手くそな読み聞かせをする次男 隣で静かに紅茶を飲む長男 暗くて青い夜空を切り取った窓には白いふわふわとした雪が降っていた そんな夜を過ごした僕の五歳の誕生日だった 「……やめてよぉ」 「やめてよぉ、だってよアハハ」 「こいつチビだな!」 「本当に領主の息子か?」 「兄貴たちは本物でお前は連れてこられたんじゃねーの?」 ギャハハと笑い声が響く だから嫌だったんだ 催し物が大好きな父様のせいで屋敷には知らない人たちがたくさん来ていた 偉い人たちが来るから部屋で過ごそうと思ったのに ヘイムお兄ちゃんが無理やり連れ出すから逃げてきたんだ どうせ屋敷にいてもすぐ見つかり引っ張られるから 面倒を見てくれて遊んでくれるから大好きだけど、少し苦手だった クレス兄様は厳しく怖いけど、いつも正しくて ちゃんと言葉を尽くしてくれる だから大好きだった 「お前の一番上の兄貴。国の一番すごい騎士学校に入学したって母ちゃん言ってたけど、どうせ嘘だろ!」 「そうだ!俺たちが貧しいのはお前らのせいだ!」 謂れのない事だった だが彼らはそんなことはどうでも良く 大人しく領主の息子で偉そうだと決めつけ 気弱なギリスをいじめることで鬱憤を晴らそうとしていた 「何か言えよチビ!」 「…」 「泣いてしょんべん漏らしちまったか?アハハ」 何が面白いのか指を差して笑う その声がひどく不愉快で堪らなかった 「聞いてんのかよ!」 「あっ!…」 ぬいぐるみを奪われる 「か、返して…」 「お!喋った!」 またケラケラと笑う もう何もかもが嫌で泣き喚きたかった でも、きっと兄様たちなら泣いたりなんかしない 僕は弱くて臆病で、兄様たちとは違う でもそんなお前でいいんだと二人は言った あの二人が言うんだからきっと正しい 僕は、泣かない 「返して欲しけりゃ取り返してみろよ!裸になって頼むなら聞いてやってもいいぞ」 「それいいなぁ!こんな高そうなぬいぐるみなんか持ちやがって…これ俺の妹にやろうかな」 「だ、ダメッ!!」 必死に怒鳴るも彼らはやめない 「それより売っちまおうぜ。うまいもん食えるぞ?」 「そりゃいいな!」 人のものを奪いそれを売って自分たちの腹を満たそうと話す 目の前で行われる話に悔しくなり感情が昂って 涙が溢れたが 必死にこぼれ落ちないように目に力を込める 「…あーつまんねー」 「お、なんか入ってるぞこれ」 中の収納に気づいたのか 乱暴に手を突っ込み掻き回す 「やめてよ!」 「邪魔すんなよな!」 ドンと突き飛ばされ尻餅をつく 目の前で宝物が晒される 「本?絵本じゃねーかよ。ガキだなお前!」 「やめてよ。返してよ…」 必死に本とぬいぐるみを持っている悪ガキの服を掴み揺する 「離れろよ馬鹿!」 頭を殴られて痛かったけど頑張って耐える 僕だって、お兄様たちみたいにはなれないかもだけど 二人はいつも輝いていて、諦める事をしなかった 「とぉ!!」 「「わぁっ!!」」 ぬいぐるみを奪った悪ガキたちが纏めて横に消える キョトンと地面にお尻をつけながらギリスは固まる 突然飛び込んできた何かを見上げる 一番上の兄に憧れて真似をした髪型を髪質が合わず ツンと立ち主張する青い髪の人物はヘイムだった 「ヘイムお兄ちゃん…」 「ようギリス!悪党は倒したぞ!」 笑顔で鼻の下を指でさすりながら仁王立ちする 町の小さな学校帰りの格好で木剣が腰にぶら下がっている 仕立てのいい服なのに既に皺くちゃだった 「……痛いだろ馬鹿ヘイム!」 「邪魔すんなよ!」 蹴たれたところを摩りながらもう一人に支えられて立ち上がったようだ 「俺の弟をいじめるからだぞ!俺が許さない!」 兄と悪ガキ達が睨み合う 長男のクレスも有名だがヘイムも人気があった 分け隔てなく活発で勉強は苦手だが努力家な兄… それに比べてと自虐してしまうギリス ヘイム相手には二人がかりでも不利だと理解してる二人 ぬいぐるみを持っている方がニヤッと笑った 「知るかよ!こんなもの持ってるから悪いんだ」 後ろに振り返って何をするのかと見つめると キラキラと光を反射する小川に放り投げたのだ 「あ、あぁ!!」 僕の情けない声が響いた パチャンと水面に落ちる音がした後プカプカと浮かび川の流れに沿って流れていく シュッ 僕の横を通り二人の少年たちの間を通り抜けて ヘイムは小川に飛び込んだ 「な、何してんだよあいつ!?」 「お、お兄ちゃん!?」 「…‥プハッ」 水面から顔を出すヘイム 目標物を見つけ泳ぎ出す 追いついて掴み上げる すごい勇気だ 小川と言っても流れは早く深さがあった ぬいぐるみを持ったまま泳ぎ出す陸に上がる 荒い呼吸をして吸い込んでしまった水を吐いている ギリスは近寄って涙を流して兄に謝る 「ごめんね!ごめんねお兄ちゃん…」 咳き込みながらも俯いていたヘイムが顔を上げて濡れた手のままでギリスの頭を撫でる ヘイムは濡れた髪が青さを増してより綺麗だった 「謝るなよ…。お前の兄ちゃんだからな」 屈託なく笑う 嬉しさと申し訳なさ、そしてわずかばかりの認知されていない嫉妬がギリスの胸中にはあった いつのまにか悪ガキはおらず 濡れた兄と水面に浮いていたから中身は無事の本が入ったぬいぐるみを持って 二人は手を繋いで屋敷への帰路を進んだ 帰宅すると爺やに心配され二人ですぐにお風呂に入った ある夏の日だ 庭では肌を焼くような日差しが差しているのに笑みを浮かべ裸で剣を振るヘイムの姿が窓から見える 青々とした木の葉が夏風に揺れる 「……」 黙って見つめていると 手元があったかくなって見てみると 魔導書から淡い赤色の魔法陣が浮かんでいる そしてそのままぽわっと光が出て炎が現れ 形を成した 「ピュルル」 「…勝手に出てきちゃダメだよもう」 そう言いながらもギリスは笑みを浮かべていた この屋敷でてあった初めての友達だった 名前はフェリクス 書庫の本をあらかた読んでしまったため 父様の書斎に勝手に入って本を探していた そんな時触れた本が発光し 驚いたギリスは尻餅をつく そのまま落ちた本を見つめていると纏うように赤い光がある そっと触れ、本を開いた すると光は増し魔法陣が浮かびそこから炎の鳥が現れた まだ小さい小鳥で熱くもなく、可愛らしかった 名前をつけ自室に本を持ち帰る 見つかってしまったら怒られてしまうと今更気づいたからだった その日から触れると勝手に現れるフェリクスは内緒の友達だった 何度か勝手にノックもなしに部屋に入ってくるヘイムに冷や汗をかいたが なんとか隠し通せている クレスは勘が良いから恐ろしかったが 普段忙しいので滅多に部屋には来ないから安心だった そんな平和な日々を過ごしていたせいで気が緩んでいたのかも知れなかった 忘れ物をしたヘイムに物を届けるため外出したのだが 渡す際もみくちゃにされ帰りに何か本でも見て帰ろうと書店に向かう途中 あの悪ガキ達と遭遇した しかも人数が増えている 俯いて隣を通り過ぎようとしたが 案の定 肩を掴まれる そのまま言葉を発する前に空き地に連れてかれた そこでも突き飛ばされる 「……なに?」 「チッ…生意気になったなビビリ」 「こんなガキに負けたのかよお前」 「ちげぇよ!こいつの兄貴にだよ!」 仲間内で揶揄いあって笑っている 早く帰りたかった 「くそッ、お前今日はぬいぐるみ持ってないのか?」 「……」 背中にそおった鞄に入っている そこにはあの魔導書も入っていた 「…なんとか言えよ!」 囲まれて蹴られたり殴られたりする 「うぅ……」 耐えるが涙が溢れてしまう 「や、やめてよ!」 目を瞑ったまま手を伸ばし掴んだ足を突き飛ばす 「ウワッ!」 主犯の子供が尻餅をつき 仲間達はそれを見て笑い出す 真っ赤な顔になった悪ガキは立ち上がり 馬鹿にするなと言って僕の顔を蹴ろうとした 「何してんだお前ら!」 素早く走ってきたヘイムが悪ガキを突き飛ばす 悪ガキは横に転がった ポカンとしていた仲間達は 悪ガキに駆け寄って立ち上がらせてヘイムを睨む すると痺れを切らした悪ガキがいけー!と言う掛け声と共に五人とヘイムとの喧嘩が始まった 「ハァ……ぺっ、懲りたか悪ガキども」 鼻血を拭い赤い唾を吐いてそう言い放つヘイム この人はいつまで経っても僕の前に立つんだなと思ってしまった 「うぅ…」 「いてぇ…」 転がっていた五人の子供らはそれぞれ地面に膝をつけているものや倒れているものもいる 「クソォ……領主の子供だからって偉そうにしやがって」 「関係ないだろ!俺たちがいつ偉そうにした!」 「してるだろ!そのせいで俺たちは貧乏なんだ!」 「それは…お父様たちが頑張ってるんだ!炭鉱の崩落や農地の旱魃や魔物の増加で大変なんだ!自分達だけが辛いとか思ってんなよ!それにギリスは何も悪くないだろ!寄ってたかっていじめるお前達の方が悪者だ!」 ビシッと指を差してそう言った その姿はボロボロなのに輝いて見えて かっこよかった 子供らは気まずそうに視線を逸らした 悪ガキは歯を食いしばりでも、と悔しそうに呟く 「そのせいで妹が病なんだ!お、お前達だけ幸せなのは卑怯だ!!」 涙目になりながらポケットから何かを取り出す それは生活用魔道具だ 丸い金属に埋め込まれた石は赤く 本来は鍋を温めたりしてお湯を沸かしたり熱加工にも使われる時もある だが悪ガキが持っているのは粗悪品で魔術式も古く 回路もボロボロだった そのせいでタイミング悪く魔力暴発を起こす ひび割れた石から赤い閃光が溢れ 空き地を照らす 「うわっ!」 「やばい逃げろ!」 各々驚いて逃げようとするが腰が抜けてしまったように動けなかった 足をもつれさせて転ぶものもいて重なりあっていた 「クッ」 ヘイムは異常を察し弟を抱きしめこれから起きる爆発から守ろうとする ギリスは兄の肩越しから宙で渦を巻く魔力を見つめる 次第に中心部が太陽のように丸くなる いけない! そう思って咄嗟に手を伸ばす すると自分の中から魔力が活性化したのがわかる 《我ヲ呼ベ》 頭の中にそう声が聞こえた 「…命の炎 今姿を表し空に羽ばたけ!フェリクス!」 慣れで真名を呼ばなかったのが功を成した 真名を呼んでいたら魔力がゴッソリと奪われて魔力欠乏で死んでいたかもしれない ギリスのいる地面から魔法陣が浮かび上がり そこから凄まじい炎が溢れて そこから飛び立つ世に現れるフェリクス その大きさは大きく自分より大きかった 現れたフェリクスは魔道具に向かって飛び 小さな蝋燭の火をかき消す風のように消し炭にする 「す、すごい…」 同じく見上げていたヘイムが言った みなポカンと美しい火の鳥を見つめている するとフェリクスがけたたましい鳴き声をあげた するとギリスは苦しみ出した 「ううぅ……」 「おいどうした!苦しいのか!?」 苦しみ出したギリスに慌てるヘイム ギリスは存在維持するために常に魔力が吸われている この時既に並みの魔術師より魔力があったギリスでも すぐに空っぽになってしまう勢いだった 今度は火の鳥が苦しみ出し先程の魔道具のように体にヒビが現れそこから光が溢れる その規模は明らかに比ではない爆発を予期させた 止めないとと思うヘイムだがどうすればいいのかわからなかった まともに魔法が使えない自分はこの鳥を消すほど力はないと理解していたのだ 制御不能となった火の鳥が叫ぶ もうじき破裂する 皆がそう思った時だった 「…クリュスロスソード」 黒と銀糸で刺繍飾りがつけられた制服が目に飛び込み そして一閃 凄まじい熱気を放ち爆発前の火の鳥が軍刀によって縦に斬られた そして 「ペクシスティオー」 片手で握りつぶすような動きをした後 連動するように青白い光が火の鳥を包むように現れて 氷り砕けた 「「「……」」」 一同が固まる これが本物の騎士の動きだった カチャン…. 静かに刀が鞘に収められる 「……貴様ら」 体から湯気のように青白い魔力が流れている あれは滅多に出さない本気の怒りだ 弟たちは思った 「何をしているんだ」 静かに尋ねられたがその声には拒否を許さない圧があった …… 全員正座というものをさせられている 以前騎士学校で教わったときいた 悪ガキもだ ギリスだけはペタンと床に座っている 仁王立ちし軍刀を杖代わりにしている長男 その目は鋭く恐ろしかった さすが士官学校の優等生だった あだ名は氷の委員長だ 「…なるほど」 ビクッ! 正座組が体を震わせる 誰も逆らえなかった 「まず領民どもよ」 「…」 「返事もできないのか?」 「ッ!はい!!」 「いい返事だ。まず弟のヘイムが言ったことはその通りだ。苦しい思いをさせて領主の息子として申し訳なく思う」 そう言って頭を下げた 一同が驚く 「だがそれとこれとは違う。実際全力で父様たちはこの国を、土地に住むたちの者のために尽力している。また暫く苦しいだろうが必ず良くなると誓う。どうか信じてほしい」 そう言ってまた頭を下げる 弟たちも慌てて頭を下げる それを見て、悪ガキたちは困惑して辛そうな顔をした 「………ごめん。八つ当たりだってわかっててやった。母ちゃんも父ちゃんも文句も言わないで頑張ってたから、俺、辛くて」 泣きだす クレスは小さく微笑み頭を撫でる 「そうだな。家族を大切にすることは素晴らしいことだ。その気持ちを誇りなさい」 「ッ!はい!!」 笑顔を浮かべる悪ガキだった少年 「そしてお前たち」 矛先が弟たちに向けられた 「「はい…」」 「まずはヘイム。弟を守ろうとする姿勢はいい。そのままでいてくれ。だがすぐに暴力を振るい話も聞かないのは良くない」 「でも!」 「わかっている。言葉でもどうしようもない時はある。大人だってそうなんだから子供だってそうであっても仕方ない。だからこそ自制心を持ち正しくあれと行動しなさい。お前の後ろには家族やお前を大切にするたちがいることを忘れるな」 「はい!」 「…ギリスは人が苦手なのは仕方がない。お前の優しさと繊細さは理解しているつもりだ。だからこそ己の課題を考えどうすればいいのか考えなさい。そして迷ったり不安だったりするなら家族を頼るといい。俺たち兄弟も両親も、お前を大切に思っている」 大きな手で二人の弟たちの頭を撫でる 大好きな兄に撫でられ二人は笑みを浮かべる 「それでだ」 終わりだと決めつけていた一同がまた見上げる 「この教訓を忘れないように、な?」 青白い光が手のひらに集まる 子供たちは争いも忘れ抱きしめあい固まる 「歯を食いしばりなさい」 「「「「!!?」」」」 空き地からたんこぶを作った子供たちがそれぞれ帰宅する 大きなクレスの両側を弟たちと手を繋いで帰る 「…そういえばなんで場所がわかったの?」 ギリスが問う 「俺はギリスが連中につれてかれる所を見たってパン屋のおじちゃんが言ってたからだ」 「俺はギリスが好きそうな本を見つけたから買って帰る途中、青い髪の破天荒な弟が走り去ったのを見たのでな」 えへへと笑うヘイム 「…‥.ありがとうヘイムお兄ちゃん、クレス兄様….」 頬を赤く染めていったギリス 夕陽の中でもわかるぐらい鮮やかだった そこには確かに信頼と 兄弟の愛があった 「……ゲホ!」 煙を吸い込んでしまい咽せる どうして、なんで… あれから暫く過ぎた日だった いつものように本を読んで訓練学校から帰宅する兄を待って 久しぶり戻ってくる両親すでに帰っていて 騎士学校に通いながら既に軍人として籍を置く兄が一度屋敷に戻ってくる日だった ヘイムお兄ちゃんもまだかなぁなんて思う 嬉しくて頬ゆるんでしまう 幸せな一日のはず、だった 玄関前の階段に座って本を読んでいると 扉が開かれた 「あ!おかえりなさい!……?」 それは家族ではなかった 使用人でもない 黒い格好をして顔を隠した何者かだった 「ギリス様!!」 老執事の叫び声が聞こえる 「え?」 抱きしめられて転ぶ ビチャッ… 「う、うわぁああ!!」 血溜まりができていた 執事が斬られていた 背中を斬りつけられたようだ 「ギリス様、お逃げください!」 突き飛ばされる 慌ただしく人が集まってくる 誰かが叫び声をあげ 阿鼻叫喚となる 若いメイドに連れられて自室に押し込まれた 本人も手が震えているのに痛いくらい手を握られていた 「誰が来ても出てはいけません!旦那様たちが来るまで絶対にですよ!!」 そういって。部屋を飛び出した彼女は二度と戻ってはこなかった いつも部屋にいる僕にお菓子やお茶を用意してくれる彼女 外の話をしてくれて笑わせてくれるドジなところもある優しいメイドだった 僕は震えて部屋の床に座っていた 扉の隙間から焦げ臭い匂いがした それでも座って足を抱きしめて動かなかった ぬいぐるみが潰れる パキンッ 「!?」 助けがきた! そう思って見上げると 黒い服を着た人が炎と共に入ってきた 露出した口元には笑みを浮かべて 血に濡れた剣を握っている 「……う……ぁ」 声にならない嗚咽しか出なかった 僕は床に這いつくばって逃げる 涙で前が見えない それでもなんとか部屋を進む ベッドの下に隠れるもの上から剣が突き刺さり頭の横を貫通し声にならない悲鳴を上げ 這い出て転がる 侵入者は笑う 楽しむように 僕は蹲る 助けて、助けて助けてよぉ… 急激なストレスに晒されて吐く それを見てさらに笑い出す侵入者 そして飽きたのか突然笑いが止み 頭を抱えた手の指の隙間から見えたのは剣を振りかぶる 男の顔だった ザシュッ! 血飛沫が広がる 「…」 「ギリス!怪我はないか?」 ふわりと抱きしめられる 知っている、知っていた 「うぅ………クレス、兄様ぁ〜!!」 泣きながら抱きつく 床には先程の男と思われる男が倒れていて 兄の軍刀には血がついていた 服に血がついていようと構わなかった 「すまない遅くなって…」 辛そうに言ってクレスは抱き返す 「父様は達は?」 見つめられる 声が出なくて首を横に振る 「…そうか。俺は探してくる。お前は待っていろ」 離れようとした兄を引き止める ひとりにしないで欲しかった 何も考えられなかった 「…」 また優しく抱きしめられる ほのかに柑橘のようなムスクの香水が香る 兄の好きな香水だった 「…!」 「…すまない。待っていてくれ」 僕は気を失った 朧げな記憶の中で 兄が悲痛な顔をして僕をクローゼットに隠し 結界を張っていた なぜそんなに悲しそうなの?クレス兄様? その問いは飛び出せぬまま消え果てる 次僕が目を覚ました時 凍りついた部屋で見た ヘイムお兄ちゃんの泣き顔だった わからないけど、僕はその綺麗な髪を撫でる 僕に気づいたお兄ちゃんは 悲しそうなのに、嬉しそうに笑ってくれた 「…………」 寝苦しさに目を覚ますと目の前に兄がいた 「…寝ぼけちゃったのかな」 新しい居場所で過ごす日々 部屋には月光が差し込んでいた 「…」 僕は知っている 兄があの軍刀を隠し持っていることを 僕は知らない あの日何があったのかを 「…….」 穏やかに眠る兄を見る 僕のお腹に抱きついて寝ていてまるで大きな子供のようだった 頭を撫でる 色は同じ青なのに 髪は太くツンとしていた くすぐったそうに笑うヘイム 僕はかけ布をかけ直して眠る 狭いけど安心できる場所だった あったかい それが幸せだった どこかであの厳しくも優しい黄色い瞳の 同じ濃い青に染まった一番上の兄が 今日もどこかで穏やかに夜を過ごせますように 僕はそう祈って眠りについた 枕元に置いたぬいぐるみと絵本が 僕らを見ていた
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