第23話−陰陽得業生との祓い

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第23話−陰陽得業生との祓い

場所は移動して、左大臣の邸宅。 左大将の屋敷とは景色が変わって、寝殿造りはより広く、広大な庭園、泉に面した釣殿には四季の美しさを感じさせる上品で繊細な外観であった。左大臣の雅心を感じられた。 左大将の屋敷はどちらかというと雅より、雑多な感じだったな にしても、この邸宅にある外観の配置をどこかで…… どこか違和感を邸宅に感じながらも忠栄の後をついていく。 「忠栄殿この度は急な依頼にも関わらず、受けてくださりありがとうございます」 「実敏左大臣様、お気になさらず、こちらこそ後学のためにと学生の二人を受け入れていただきありがとうございます」 「ええ、忠栄殿がお連れになられた方であれば喜んで、和紀殿と満成殿だね、宜しく頼む」 俺は緊張しながら挨拶をした。 絶対左大臣の前で粗相出来ない。兄様の名を汚さないようにしないと。 「それで、こ度はいかがされました?」 「はい、こちらに」 左大臣が俺らを出迎え、屋敷の庭園を案内してくれるようだった。 しばらく、話し込んでいる左大臣と忠栄の後ろを歩いていると横にいた和紀が得意げそう言った。 「忠栄得業生は素晴らしいお人でしょう」 「そうですね、太政大臣がおられない今、もっともこの都で帝が寵臣している左大臣様からこのように依頼されているのですから」 「……その通りです」 「それに、陰陽道の実力だけではなく、忠栄兄様の人徳からくるものでしょう」 忠栄は自己への執着がなく、ときには自分を犠牲にして他者のために尽くす忘己利他な人だ。 誠実な態度は若い陰陽生から期待を持たれ、陰陽頭の子であるゆえか責任感が人一倍強く、陰陽寮を統べる素質も近いうちに発揮されるだろう。 「人徳……」 「そうです、人徳が素晴らしいので兄様の元へ自然と人望が集まってくるのです、あなたもそのうちの一人でしょう?」 「得業生は他の陰陽寮の者とは違います、あなたの言うとおり、あの人は自己を犠牲にしてでも他者を護るような善なお方です」 「……それが、心配なのですね」 「ええ、得業生のことを真に解し、彼を護るようなそんなお方が相応しいのです、あなたはそうではない」 「そうですね、俺は自分を犠牲にしなかった人間です」 和紀は俺のその言葉を聞いて怪訝そうな顔をしている。その後、納得したのか呆れたように言った。 「やはり、忠栄得業生を騙しているんですね」 騙している……そうかも知れないな、だが、言ったところでどうしようも出来ない現実だ。 前世では事故死の記憶があるし、生き返って元に帰れるとは限らない。 家族には恋しい、しかし、蘆屋満成として生きて、彼の過去を持っているからここにも家族がいる。 まあ、そんな難しいこと考えなくても、ここで生きていけるなら、この#生__・__#を楽しむ他なくないか? そうだなあ、和紀に事実を告げたことでこれ以上怪しまれるより、からかったほうが俺的には得しかない! 俺は扇の端で和紀の肩を叩く。こっちを向いてから、耳を指差す。 和紀は嫌そうな顔をしながら近づけてきた彼の耳元で話す。 「忠栄兄様と君の兄様を交換しますか?」 「な、なんてことを!! 僕の兄様は渡しません!」 思った以上に叫んだ和紀の声に驚いて、彼の口を手で塞ぐ。恐る恐る前を向くと、目を丸くした左大臣と笑みを崩さない忠栄がこちらを向いていた。 俺はハハ……ハ、と笑ってすみませんと謝った。 左大臣は穏やかな笑みに戻っていったが、忠栄の目は笑っていなかった。 「二人共こちらに来なさい」 忠栄に呼ばれある木の前に立った。 どうやら左大臣の依頼には、屋敷の庭にある一本の木に関係しているらしい。 左大臣はその木の裏側に回る。 そして、こちらに、と言った。 俺らがまわり込むと、裏には人の頭程の#実__・__#が成っていた。 「昨夜こちらの実が急に生えたのです」 「これは」 それは、そこに存在すべきではない、明らかに異物だと分かる生白い色をしている#実__・__#だった。 「この木は松なのですが、実が成ることはないはずなのに、恐ろしくて」 「和紀学生、どう思いますか?」 「はい、こちらには、呪がかかっております」 「そうですね」 「やはり、呪なのか!?」 "呪"、そう、その実は"呪"だ。 和紀がいった通り、この屋敷の主人である左大臣に向けての呪だろう。 中を開ければきっと蛇でも出るだろう。蛇は果実に寄ってくるからな。 成るはずのない果実は人の呪によって形成された。これは、凶事が起きる前兆だ。 いや、そんなことよりこの庭の様式。ここまで来るうちに庭の様子を見させてもらったが、やはりこの邸宅は知っている。 白狐の屋敷で読んだことのある書だ。 邸宅から見て東に流水、西に大道、南の前に池、北後に丘を作る。 すべて青龍、白虎、朱雀、玄武、の向きに合わせられた四神相応の地となる作り。 また「樹事」にあるように、東には花の木が植えられており、西にはもみじの木が植えられている。ここには五行にもとづく季節の木がある。 それがこの邸宅の違和感、いや疑似感『#作庭之書__さくていのしょ__#』に記された庭通りだった。 だから、不思議なのだ。 こんな低レベルな"呪"が入り込むなど。 「満成、どうかしたのですか?」 忠栄の不思議そうな声が聞こえた。 俺が呪に関心を寄せず、他のものに集中しているのが気になっているのだろう。 もし、『作庭之書』を知っているならこんな呪が簡単に入り込むはずがないと気づいているだろう。 その場合、左大臣の目的はこの呪ではない。 「左大臣、この邸宅は『作庭之書』のようですね」 「……君は、それを知っているのか?」 「作庭之書?」 忠栄と和紀は首を傾げた。   「はい、陰陽五行、四神方位を基とし、美しさは自然の中にある庭作りが記してあります」 「そんなものがあるのか?」 「にしても、この作りは著者が書いたそのものですね」 「満成殿といったかな? 君はどこでその書を?」 「あ、えーと」 「左大臣どういうことですか?」 「……その書の作者はな、あの亡き氏の者が記した書なのだ、そして、彼が記した書の元は、いやそのとおりに作ったのがこの庭なのだ。そう『作庭之書』は彼と私が共に記した書なのだよ」 亡き氏の者、呼ぶのも偲ばれる滅亡した氏。 それは、橘氏のことだろう。あの書には、著者の名が載っていなかった。 しくったな。まさか、橘家の者だったとは、つかなんで白狐の屋敷にあったんだよ!? しかも、左大臣の地雷だったわけだし……。 「満成?」 「……私を陰陽寮に推薦してくださった安倍陰陽助様に」 「ああ、なるほど、彼か。そうだな、陰陽五行説や四神思想に基づいた禁忌のところは彼に尋ねたからな、書にしたあと一度貸したことがあったな」 左大臣は人の良い笑みを浮かべ、その表情からはどこか懐かしい思い出に耽るような影を感じ取れた。 「それでは左大臣殿、この実を祓わせていただきます」 「宜しく頼む」 忠栄は左大臣と共に屋内へと入っていった。 俺と和紀は外で待つことになった。 たしかに、忠栄には必要のない人手で、左大臣への配慮もあるだろう。 「お前は安倍陰陽助がほんとうに推薦したのか」 「嘘は付きませんよ」 「あの人ならそんな書を持っていていてもおかしくないしな」 「ええ」 数分待っていると忠栄だけ戻ってきた。 「和紀、祓いが終わった、少し左大臣と話をするから陰陽寮に報告をしといてくれ、後で私も報告する」 「かしこまりました」 「満成は、待っていなさい」 「はい」 そう言って、また左大臣のもとへ行った。 和紀は去り際に頬を赤らめながら唇を尖らせて言った。 「ふん、それでは、僕は行きますから……その、陰陽寮の座学でのあなたの評価は正当です」 「……」  ッ!!! これは!? デレか!? 「しかし、博士の不当な行いです、今後何かあれば僕に言ってください、得業生の一声で収まるとはおもいますが」 「ハハ、ありがとうございます」 和紀の照れているであろう後ろ姿から目を離せなかった。 「それと、もう少し砕けて話してください、同じ学生なのですから」 ああ、可愛すぎる! なんだこの急なデレは!? どこで、こんな、いきなり、デレた要素どこ!? 「んん、分かった」 「ふん」 そう言って和紀は足早に玄関の方へと向かっていった。 そして、押し寄せてくる推しcpへの想いが溢れた。 「え? 可愛すぎか?」 そして、俺はふと、この庭には相応しくない#それ__・__#に目が行った。 「なぜ、こんな瘴気の強い物がこんなところにあるんだ」
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