第24話−過去を知る者 露影

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第24話−過去を知る者 露影

瘴気の出処は、『作庭之書』に禁忌と記されている霊石からだった。 高さ四、五尺の石が庭の端の方に置かれていた。そこからはこの庭に相応しくない陰湿な空気が漂っている。伸び放題の草、黒く荒んだ元は白いだろう塀、霊石の裏には白骨化した鳥類だと思わしき死骸。 これは、俺の今の力で祓うことが出来るだろうか。 好奇心半分で恐る恐る霊石に向けて手を伸ばす。手が霊石に触れる直前、酷く動揺している男の声が俺の名を呼んだ。 「菊……いや、満成か」 菊? 俺の幼名のことか? いや、でも俺が知っている声じゃない! 「誰だ」 名を呼ぶ男の顔を見た瞬間、ハッと息を飲む。 「久しぶりだな」 「なぜ、お前がここに」 焼けた肌、右側にある大きな刀傷痕、そして武士らしく鋭い眼つきの男。 左大将に付いてきた武士だ。あの時、俺がその顔の傷を見ていると、視線に気づいたらしいこの男は口角を上げた不気味な男だった。 なぜ、こいつが左大臣の邸宅にいるんだ? 「俺は雇われの身だ。ここにも元の主の命でいる」 男は俺が聞いたことに淡々と答える。 俺は目の前の男に注意しながら距離を取る。 「おいおい、そんなに警戒しないでくれ」 「なぜ、菊、と言ったんだ」 「本……、わす……てん……だな」 男はぼそぼそと呟いているが、その声は聞きづらく、何を言っているのかまでは分からなかった。 風が勢いよく背後から吹く。後ろには霊石があった。 霊石が、荒れている? 「それを祓うことができるのか?」 「これは、本来霊石ではなかったはずだ、だから学生の者でも可能だ」 男は目を見開いて、口角を高く上げて満足気にこちらを見ている。 「よくわかったな」 「……お前はこれの事を知っているのか?」 「ああ、それはつい先日まで丑寅の方に置かれていたらしいぞ」 「なッ!」 ───高さ四、五尺の石を丑寅(東北)に立ててはならない。 『作庭之書』に禁忌として記されている石の置き場だ。 それは、霊石となり、魔が入ってくる足がかりとなるから、禁忌とされている。 なら、解決方法は簡単だ。 ───但し南西に三尊仏の石をたてむかえればたたりをしない。魔も入ってこない。 この方法を行えばいい。 だが、なぜ『作庭之書』の制作に関わっていた左大臣がそんなところに石を配置した? 「クク、」 男は不気味に喉の奥で笑った。 勢いで話てしまったが、こいつ何者だ? なぜ、左大臣の屋敷にここまで詳しいんだ? 「お前の名はなんだ」 「満成、君は……本当に」 男は悲しみを含む声で言った。 俺的には名も知らぬ男に親しみ感を出されていて、かなり居心地が悪いんだ。 本当に誰だ? 俺の屋敷に来たときに初めて会っただけで、会話もしたことないよな? 「俺は……露影」 「露影……」 「俺は野良上がりの武士だ、覚えていないのも無理はない」    「お前は、……露影は俺が童だった頃を知っているのか?」 露影は寂しそうな笑みを浮かべる。 「知っているが、過ぎ去ったことだ。思い出す必要はない」 「そう、か」 「ああ」 そう答えると満成、と名を呼ばれた。 「なんだ?」 「無理をするなよ」 無理? こいつは何を考えているんだ? 「すでに都のなかで争いは起こっている」 「何を」 「俺らはお前の敵になるか、或いは味方になるか」 「……」 「その時が来たら満成、君が選ぶんだ」 「言っている意味がわからない」 「クク、そう、そうだな」 「露影、お前がどんな争いを想像しているのか知らんが、自己本位で人を殺めたなら俺はお前を救えない」 「……救わなくていい、今度こそ俺らが、……を救うんだ」 露影の声は風の音に消された。 誰を救うんだ? 不気味な空気を裂くように露影は霊石の方を指した。 「なあ、それはどう祓うんだ?」 「……邪気が強いからな」 「ひとりで祓えるのか」 「この程度であればひとりで行える、だが、」 集中しなければ邪気に襲われるだろう。 露影を警戒しながら邪気祓いが出来るかどうか。 「あぁ、俺がいたら気が散るか」 「……」 「クク、神経質なところは変わらんな」 露影は懐かしそうに俺を見てから背を向けた。 「俺は持ち場に戻る、頑張れよ」 そう言って、玄関の方へと行ってしまった。 しばらく待ってから、姿を現さないことを確認し、霊石に向き直る。 都に瘴気が流れないよう、霊石のある邸の一部に護りを敷く。 よし、これなら─── ヒュン その空気を切るような音がする前に異変に気づき、自身の周りに護符を投げ、空に並べた。 くそ! 油断した! 霊石に呪が混じってたのか! 急に力を増した瘴気は霊石に巻き付くようにして黒い影となった。 霊石から放たれる瘴気が護符を一つ焼いた。 「クッ」 瘴気は力が集まる指先に吸い込まれるように渦を巻く。 しまった!  「満成!?」 忠栄の声が聞こえ、すぐに忠栄の護りが開かれた。 そして、忠栄が体の前で印を切る。 しだいに霊石の瘴気は抑えられ、ただの石になったそれからは何も感じなくなった。 忠栄の焦る声と左大臣が忠栄の後ろから走って近づいてくるのが見えた。 「満成! 大丈夫ですか!?」 「あ、兄様」 「指先が!」 そう言われて自分の指先を見ると、先端のほうが紫色になっていた。 「瘴気に触れたか」 「大丈夫なのですか?」 「はい! すぐに治まります」 俺は懐中から浄めの札を取り出し指先を拭う。 「兄様、ほら、大丈夫ですよ」 「そうか、良かった」 忠栄が心配そうに眉間にシワを寄せ、俺の肩を強く掴む。 忠栄の手から伝わる震えに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「兄様、申し訳ありません」 「本当に、満成が無事で良かったです」 「すみません」 「満成、今後はあなたをひとりにしません」 忠栄はそう言って俺の狩衣、立烏帽子、額、私物にまで忠栄の式札を貼り付けた。 「え? 何をしているのですか?」 「こうしていないと、心が休まりません」 「えぇ……」 「剥がしちゃいけませんよ」 「ですが、このままでいたら周りの人に怪しまれます!」 「そうだね、忠栄殿、流石に妖だと疑われている彼にこんなことをしたら余計変な噂が立ちますよ」 左大臣はさらに持ち札を確認している忠栄の肩に手を置く。落ち着いた様子を見せた忠栄に安心する。 「そうですよ、って、え?」 左大臣の言葉には聞き覚えがある話があることに気づいた。 「ですが」 「忠栄殿、心配はわかりますが見えないようにしないと」 「はい、そうします」 「いや、あの、今のってどうい、」 「それじゃあ、満成殿もこちらにいらしてください」 左大臣は有無を言わさず忠栄と俺を部屋に通した。 左大臣が座したあと、俺たちも座る。 「それで、満成殿は知らないようだが、忠栄殿は彼に尋ねていないのかい?」 「もしかして、俺が妖っていうことですか?」 「ああ、今じゃ都にいる貴族の間ではもちきりの噂だ」 そうなの!? 「満成は妖ではありません」 「私も信じているわけではないが、知識も呪術者としても陰陽寮の中でもずば抜けていると」 それなら、忠栄だってそうだろう? 「いや、違うか、君があの妖狐と契った安倍陰陽助から推薦された時から噂は怪しくなった」 待って、あいつのせいなのか!? 左大将の屋敷で放っておいたほうが良いとか言ったのはあの人だけど、え? むしろ悪化してる原因あいつが八割占めてるぞ! 「妖狐、ですか」 「まあ、妖狐と噂されているだけだ。安倍陰陽助殿も巻き込まれたお方……」 「どういうことですか?」 左大臣の話を聞いて尋ねると、忠栄も左大臣も哀憐のこもった表情をしていた。
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