第33話-秋時雨の姫 弐

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第33話-秋時雨の姫 弐

俺と静春は場所を移動して、一人で屋敷を持っている静春のところに向かった。 空は茜色に染まり始め、日入の刻が近づいていた。 左大臣邸と似たような自然と調和した庭に面した寝殿の簀子に座り、酒を持ってきた静春に促されて杯を持たせれる。 「俺は酒を呑まん」 「いいから、呑んでみろって」 「美味しいぞ」といって渡された杯に酒を注がれる。 俺は渋々、自分の分も注いだ静春と杯を交わした。 扇の裏で呑むふりをしようか考えたが、静春の視線が扇を通して見透かすように、俺の動きに集中している気がした。どうやら静春はそれを許してくれないようだった。 悪役の蘆屋満成みたいで、呑みたくはなかったんだが……ん? これは。 「どうだ? 美味いだろう?」 「ああ、この酒はどこのだ?」 「さっき忠栄んとこでも言ったが、昨日まで各地を回っていてな、ある国の酒を遥任国司から貰ってな誰かと呑みたかったんだ」 「兄様と呑まなくていいのか?」 「ハハ、あいつは酒を呑むとすぐ寝るからつまらん」 そうなのか、勝手に忠栄は酒に強いと思っていたが、弱かったとは。 「それこそ、初対面の俺なんか呑んでも楽しくなんかないだろう」 「そんなことないぜ、どうやらお前は酒に強そうだからな」 「は?」 俺は転生してから酒を呑んだ回数なんか、片手で数えられるくらいだ。もし、自分が前世と同じだったら、缶ハイ二、三本で限界だ。日本酒なんてもってのほかだしな。 「初対面でそんなことわかるのか?」 「ああ、だってこの酒、京にある酒より数段と強いぞ」 は? え?、と俺は自分の持っている杯を思わず二度見する。  「強いのか?」 「ああ、その様子じゃあ、かなりの酒豪だな」 静春は嬉しそうに無邪気に笑った。 「これは何で作られた酒だ? 呑んだことがない」 「なんとこの酒はな、あの薬として栽培されている#葡萄__・__#から酒造されているんだぜ」 葡萄? ……もしかして、これ前世でいう白ワインか!? 「ん? なんだ、意外と反応が鈍いな、つまらん」 「すまん、驚きすぎたんだ、ま、まさかあの葡萄がこんなに化けるなんてな」 「そうだろう! そうだろう!」 静春はそう言って俺の空いた杯にさらに注ぎ足す。 まさか、前世で呑んだことがない白ワインをこの世界で呑むことになるとは、それよりも、蘆屋満成の体はどんだけ呑んでも水のように体のなかで解かしているようだ。 「おお、こんなに呑めるやつが京にいるなんて、帰ってきて良かった!」 「俺もここまで美味い酒を呑んだのは初めてだ」 「だよな~京で造られるのは基本的に米から造られているからな」 「それより、この酒どこで手に入れたんだ?」 さっきから国司からもらったとは言ったが、その国は教えてくれない。 「あ~、ん~、そうだな」 静春は少し酔っているようで、頬を赤らめ体の距離が近くなってきている気がした。 「静春?」 「ん~、特別だからな」 そう言って、俺の耳元で恐ろしい事を呟いた。 これは誰にも言ってはいけないな。 まさか、あの国が京に献上しないで自分たち用に酒を造って、静春のような酒好きにしか振舞っていないなんて。 もしバレたら、帝に対する逆心を抱いていると思われても仕方ないな。 申告しないのは良くない。 「お前、バレたらどうすんだ?」 「ハハハ、お前も呑んだんだから一緒に考えてくれ」 こいつ、俺の事騙しやがったな。 そう思って隣で呑んでいる静春の顔をよく見たら、真面目な様子で人生詰んだみたいな表情をしていた。 「おい、お前まさか」 「ああ、俺も普通に京に流れてる酒かと思ったんだ、そしたらあの遥任国司め」 「はあ、お前馬鹿にもほどがあるだろう」 静春はやけ酒と言わんばかりに酒を瓶ごと呑んでいた。 「あ、俺にもくれ」 俺はその酒のあまりの美味さに静春から酒瓶を奪い取り杯に注ぐ。 俺も少し酔っていたのかもしれない、今世で初めて白ワインを呑めた喜びと、酒に耐性が付いている満成の体で調子に乗っていたのかもしれない。 俺が目を醒ました時にはすでに日出を過ぎ、静春の整った顔が横にあるなかの目覚めはあまり良いものではなかった。 「おい、なんで、俺ら同じ布団で寝てんだ?」 「おはよう、昨夜のお前は可愛かったぜ、イテ」 枕元に置いてあった扇を手に取り、ふざけたことを言う静春の頬を軽く叩いた。 「まて、なんで起こしてくれなかった」 「いや、それが俺も寝ててさ気づいたらもう昼前だったんだよ」 「はあ、あんなに呑むんじゃなかった、それより、俺は帰るぞ」 「え~? なんでだよ、まだ、秋時雨の姫を見つけてもらってないぞ!」 「あのな、お前は問題を持ち込みすぎんだよ」 「残念だったな、すでにお前も共謀者だ、忠栄には俺から文を送るからお前は早く姫を探しだしてくれ」 「姫を見つけたら酒のことは関わらないからな」 「ああ、早く姫に会いたいなあ」 こいつ、俺を何だと思ってやがる! はあ、しょうがない、とっとと姫を見つけてこいつとは距離を置こう。 「あ、だめだ、着替えがない。やっぱり、」 戻る……と言おうと後ろを振り向くとすでに着替え始めている静春の姿がそこにあった。 「お、おい! なんでここで着替えてんだよ!」 「あ? お前しかいないんだから別にいいだろ?」 「良くねえ!」 「ほら、お前の着替えも用意させたから早く着替えろ」 そう言って渡してきたのは、陰陽寮だけで配布されているはずの白色の狩衣だった。 「お、お前これどうした」 「陰陽寮から拝借してきた」 「は?」 「昨日の夜に家の者に取りに行かせたんだよ、お前の部屋から」 「な、俺の!? は? てか、お前昨日の夜起きてたのかよ!」 「ちょ、そんなに耳元で騒がないで」 静春が急に俺の口を塞ぐ。 「あんまり、騒ぐようだったらその口、吸っちゃうよ?」 「んあ、ふがふがふがが」 「そんなに、求めてこられると俺本気でシちゃうぞ?」 そう言って顔を近づけてきた静春の目は瞳孔が開きかかっていた。 目怖ッ! つか、何言ってんだこいつ。女好きが本気になる事なんてあんのか? ふざけやがって。 「……」 「なんだよ、それはそれで悲しいな」 俺は静春の手を口から剥がす。静春の手は簡単に離れた。衣を貰って近くにあった几帳を動かしてその裏で着替える。 その様子を見ていたのか、静春がハハハと笑っている声が聞こえ、着替えている最中だったが几帳の上から睨みつける。 それが効いたのか、静春は顔を背け外を眺めていた。 着替え終えて静春に声を掛けると、静春は机から包みを手に取った。 「姫の櫛はこれだ」 そう言って渡された櫛の上に忠栄から貰った符を貼る。 「霊魂の導よ、そなたの主たる者の所へ案内せよ」 そう、最後に唱えると櫛は宙に浮かび上がり、方角を示した。 あれ? なんだこの霊魂の残影、どこかで感じたことがあるような……気のせいか? 俺はそれを深く考える事はせず、静春を呼ぶ。 「ほら、行くぞ」 「え? もう分かったのか?」 「ああ、こいつの向いている方角に進んでいけば、辿りつくだろうよ」 「すごいな、こんな櫛一個だけで居場所を見つけるなんて」 「櫛にはな、髪を梳かすことで意図せずとも呪力や霊力が宿るんだ、それを俺らは霊魂の残影と呼んでいる」 「霊魂って、命のことだよな? そんなのが残ったら、俺たちの命は削られないのか?」 「ああ、それはな、生命もまた呪同様、そこには人の#生命__呪__#が残っているから、#霊魂__生命__#の残影なのさ」 この世界では、そう習ったからな。 静春は「ふ~ん、なるほどね」と納得してくれたようだった。 すぐに車が簀子の方まで来た。 「おい、早く乗れ」 「いや、俺は歩いていく」 「はあ? なんでだ?」 「何でもいいだろう」 さすがに、身の危険を感じたとかそういうのではないが、まさか、酔っ払って朝チュンな状況からの砂糖の様な甘い顔と声ででおはようなんて言われてみろ、俺は心臓が止まりそうだったんだよ。意識しているわけじゃないけど、なんか、同じ空間にいるのは無理だ! 「はあ、早く中に入れって言ってるだろ」 「あ、おい!」 車の中に引っ張られて中に入ると一人用なのだろう、男二人が中に入るには少し狭かった。 「おい、これ一人用だろ? 定員越えだ、俺は降りる!」 「ああ、騒がしいやつだな」 そう言って、静春は俺の口を手で塞ぐと牛飼童に進むように指示した。 「こんにゃろ」 「はあ、俺は早く姫に会いたいんだよ、ほら櫛出せ」 「ほらよ」 くそ、はやく目当ての女と会って一生の女として結ばれちまえ! 「おい、もっとこっちに寄って大丈夫だぞ?」 「いい、お気遣いなく」 「なんだよ、可愛くねえな」 「お前な、男に向かって可愛いは褒め言葉じゃないだろ」 「ん? そうか?」 「そうだろ」 俺はため息をついて物見から外の景色を眺めることにした。 " 見つけた " そんな声が頭に響くのと同時に俺は背筋がぞわりと感じた。 どこかで聞いた事のある、腹の底が熱くなるような声。 ハッと意識が戻ったのは東寺の方に視線が向いてからだった。 東の王城鎮護の官寺。 #緑釉瓦__りょくゆうがわら__#の上に立ちこちらを見ている男。 いや、アイツは俺を見ているのか? 「おい、どうした?」 静春は背後から俺を下に押すように物見の外を覗いた。 「やめろ、外を見るな!」 「なんでだよ」 「いいから」 アイツに静春といるところを見られるのは、なぜか危ない気がした。 「いいか、この櫛が示した屋敷に着いたら俺はすぐに帰るからな」 「はいはい、分かってるよ、俺が姫を口説いている所までお前に居られたら面倒が増えそうだからな」 そう言って、扇を指さした。 「絶対姫の前でその扇を外すなよ」 「言われなくても、取るかよ」 「そうしてくれ」 俺が牛飼童に指示して櫛が示す方角に向かいながら、俺は物見から東寺の方を覗き見る。 だが、そこにはすでにアイツの姿は無く、俺が感じた異様な空気も跡形もなく消えていた。
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