第35話-秋時雨の姫 肆

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第35話-秋時雨の姫 肆

律令制のもとで作られた式部省直轄下の官僚育成機関 大学寮。 朱雀門前に位置する大学寮についた俺達は、すぐに目的の兄を探す。 俺はその男の顔を知らないため、静春に付いて行くしかなく二手に分かれて探すことが出来なかった。 「いたか?」 「いや、ここにはいないな」 「そうか、なあ静春、そいつが行きそうな場所とかわからないか?」 「んー、いつも大学寮に籠もっているようなやつだったからな」 「そうか」 「どこ行ったんだ、#重__しげ__#のやつ」 秋時雨の姫の兄は重という名前なのか、兄について何も聞かずに屋敷を出てきてしまったからな。 「そいつ、重って名なんだな」 「……すまん、名を教えてなかったな」 「お前が分かっていれば大丈夫だ」 俺と静春は大学寮を二、三周ほど回って座学部屋や宿舎、食堂のほうも行ってみたが、見つからなかった。 静春の屋敷を出たとき、すでに昼を過ぎていたため、今では空に星が柔らかく光り始めていた。 「くそ、もう帰ったか?」 「じゃあ、最後に重の屋敷に寄ってから帰るか」 「……おい、重って、学生じゃないのか?」 「いや、文章博士の官位についている人だぞ」 文章博士!? 大学寮の教官の中でも高官で従五位下の貴族だったか? 「お前、文章博士とまで友人かよ」 「お前にも秀才の忠栄がいるだろう?」 確かに忠栄はエリート街道の筋だけどさ、貴族と陰陽師はまた違うからな。 あ、そっか、在原静春はもとは皇族の血筋だったな。 主人公が転生した時の役職は、近衛中将と蔵人頭を兼ねる頭中将だった。 貴族の中では若手ながらも、官位を登り上がる勢いは攻略対象の中では人一倍強かった印象だ。 それと、在原の氏は歌人が多くて書、楽、歌の有名所は橘氏に劣らず、橘氏の者の名声が目立っていたのだが、滅亡したの後、四大氏が変わって在原氏が入るようになったということだったな。 『恋歌物語』の中で在原氏の繁栄はこの男が築いたものだ。 「いや、お前の人脈は本当に凄いな」 「まあな、俺は京一雅な男だからな~」 「……そうか」 「おい、なんでそんな生暖かい目で見てくるんだ、やめろ」 こういう反応は面白くてかわいい奴だから、揶揄うのがやめられないな。 静春を揶揄っている俺の肩に太い筋肉質な腕が絡む。 「誰だ!?」 「我のことを忘れたのか? 満成」 「───良佳」 その正体は、俺を弄ぶかのよう先程から接触図ってきた羅城門の鬼、良佳だった。 静春が切羽詰まったような声を出した。 「おいッ、あんた!」 「なんだ、貴様?」   マズイ! 良佳に近づくな! 静春を止めようとする俺に暇を与えず、勢いよく静春は良佳に近づいた。 良佳の周りにピリ、と火花が散った気がした。 「危ない!」 「あんた! 良佳さんだろ!?」 「あ? 我のこと知っているのか?」 俺の心配を他所に、静春はどうやら良佳に興味を持っているようだった。 そんな静春を見て良佳も面食らっていた。 な、この男……、本当に、なんなんだよッ! 「ああ! もちろんだ! あんたの琵琶の音色は聴いたら最後、二度と他の琵琶を楽しむことは出来ないって噂を聞いたぜ!」 「ほお、そんな噂が立っているのか」 「それに! あんたの和歌も痺れるぜ! あんたの歌には全てのモノを虜にする魅力があるんだ! なあ、今度一緒に歌を詠んでくれないか?」 「ククク、良いぞ」 二人は元から友人だったかのように打ち解けていた。 なんか、本当に在原静春って懐に入るのが上手いな。 さっきまでは、俺の隣に居たのにな……あかん、このままだと無意識のうちに飼い主になりそうだ。 ……重とかいう文章博士を探しに行くか、いや、俺そいつの家知らんわ。 結局俺は、二人が賑やかに話しているのを横目に、良佳が現れてから小刻みに震えている双葉火玉の式札を落ち着かせていた。 「おーい、悪いな、待たせた!」 「中々興味深い話だった、今度その酒を呑みに寄らせてもらう」 「おう!」 「……お前、まじか」 静春は、恐らくいや、確実に良佳が前の京を襲った鬼で羅生門の鬼であることに気づいてはいないだろう。 良佳も流石にこの状況で自分を鬼だと暴露する、阿呆じゃないだろう、 「ククク、我は鬼だからのお、主の溜めている酒を呑み干してしまいまそうだ」 「え?」 え、良佳も阿呆の子だったりしたっけ? つか、鬼とか言われて静春固まってんじゃねえかよ! 「いやあ、たしかに鬼のように美丈夫な体だからな、たしかに静春んとこの酒を全部空けそうだな、ハハ」 「そ、それは困る! 良佳さんのためにもっと酒足しとくよ!」 「……ああ、頼む」 はあ、疲れた。こんなところで正体をバラそうとするなよ! 「それより、主らはこれからあの文章博士のところへ行くのだろう?」 「ああ、そうだぜ!」 「我も奴に用があるのでな、一緒にさせてもらおう」 「良いぞ! あ、車が一人用で俺らと歩いていくことになるけどいいか?」 「構わん、我は車に乗らなくても足があるからな、主らは歩くのが遅いから車に乗るがいい」 「だが、」 「よいよい、早く訪ねなければ、日が暮れる、宵に招かれざる客が来たら喜ばれはせんだろう?」 「はい、ありがとうございます」 おいおいおい、なんだなんだこの二人! 『恋歌物語』ではこんな、こんな腐沼エピソードなかったぞ! ハッ! ここは、もはや二次創作とあまり変わらない世界線なのでは?  年上狼✕年下子犬でめっちゃ腐るんだが。 逆も良いな、てか、俺の立ち位置最高。だがな、もう少し欲を言えば……空気か壁になりたい!! 車に乗りながら彼らをモデルにした腐活を脳内で行っていると、静春が心配してくれているのか声をかけてくれた。 「満成? 大丈夫か?」 「え? あ、ああ何でもない」 「そうか? 良佳さんに会ってから様子が変だぞ?」 「気のせいじゃないか?」 「本当に? ならいいが」 「ああ、それより、良佳の事よく知ってたな」 「し、知らないのか?」 「何を?」 静春は耳元でコソコソと囁いた。 「あの、帝に気に入られた橘家の和歌を一緒に作ったのが、実は良佳さんなんだってよ」 「はあ?」 そんなこと、と口に出してしまうのを抑えるように扇を口に押し当てる。 『恋歌物語』では、そんな内容なかったぞ? いや、もしかしたら、『恋歌物語』が始まる以前の出来事はすべてシナリオに組み込まれるようになっているのか。登場人物の動きは主人公が転生するために無意識のうちに、その未来を起こす引き金になっているのか。 良佳が孤独な鬼だという設定だけだとしても、その孤独を埋めるような主人公に対する愛情には橘氏が関わっていたことも関係あるのか? まさか、こんなところで新たな事実を発見するとは、転生って恐ろしい。 「おい、そろそろ着くぞ」 「……分かった」 外に降りると良佳はジッと俺の方を見て、何か考えている様子だった。 良佳も文章博士に用があると言っていたな、何の用だ? 静春が門の前で主人に用があると伝えると、すぐに門は開き、主人である高階重文章博士に出迎えられた。 三〇前半のその男の顔つきからは明敏さがうかがえ、本当に操られているのかと疑いを抱く。 「静春!」 「重! 家にいてくれて良かった~」 「どうかしたのか?」 静春が、自分の捜し人が文章博士の妹君だったと言おうとしている時に、良佳が二人の間に割って入った。 「あ、あなたは」 「久しいな。話がある」 「わかりました」 文章博士は顔を青くしながらどこか怯え気味に良佳を奥に通した。 「少々お待ちいただいても良いですか?」 「大丈夫だけど、なんかあったら呼べよ?」 「すみません、失礼します」 静春は心配そうに彼の後ろ姿を見ていた。 「え? 満、なり……?」 俺は、背後から静春の意識を奪うと簀子の上に寝かせ、懐から式札を取り出し、文章博士の後を追うように指示を出した。 そして、もう一つの対となる式札を指に挟み、念じる。 〈我の体に代わり、我の目、耳となれ〉 すると、目の前の景色が変わり、文章博士と良佳が対面しているのが簾越しに見えた。 よし、成功。あとは、気づかれないようにもう少し近づければ…… しだいに二人の声は明瞭になっていき、適切な距離を保ちながら、話の内容に耳を傾ける。 さあ、何のお話をしているのかな?
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