第38話−寺院の記憶 *

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第38話−寺院の記憶 *

機嫌がいい露と鈴。海徳法師様が帰ってきたからだけじゃなさそう。 「はやく、海徳法師様のお土産を食べようぜ」 「はいはい、直ぐに準備しますから、落ち着いて」 「……」 俺が立ち止まっていると海徳法師様は振り向いて、さっきの陽の光の様な温かい笑顔を向けてくれる。 「菊? どうかしましたか?」 「ううん、なんでもない」 なぜだろう、俺はさっきまですごく長い現実のような夢を見ていた気がした。 俺が、俺でなくなるかのような、そんな恐ろしい夢。 「菊~はやく来なさいよ~」 「お前の分、こいつが食っちまうぞ」 「な、そんな食い意地はってないわよ」 「クク、食い意地しかないだろ」 「なによ!」 二人はとても仲がいい、俺が五才になったとき身分を偽った母上にここへ連れてこられる前からこの寺院で過ごしているらしい。俺よりも年上で二人ともとうに十才を超えているらしい。 そんな兄妹みたいに喧嘩している二人を止める海徳法師様。 「こらこら、二人とも、喧嘩しないの」 露と鈴は一緒に返事をすると、俺の方を見る。 鈴は少し乱暴だけど、面倒見のいい姉のような人。目の色が特徴的で森の奥深くにある穏やかな波をつくる、小さい滝の畔、苔の生えた水面のような青緑色をしている。 「ほら、菊、あんた一番年下なんだから一緒に動きなさいよ」 露は鈴をからかうのが好きで、俺にも優しくしてくれる兄のような人。 生まれた時から刀傷のような傷が顔にあり、俺を怖がらせないようにいつも反対側に隠してくれる。 「俺も手伝ってやるから、とっとと食おうぜ」 二人は仲良く喧嘩をするから、俺はいつもそんな二人を見て良いなあと少し羨ましく思ったり。 「ヒヒ、末っ子を甘やかして菊からお菓子を貰おうとしてんでしょ。どっちが食い意地よ」 「お前みたいに何もしないで食うよりましだ」 「なによ! 私だって手伝うわ! 菊! 早く来なさいよ!」 「う、うん」 「走ってケガをしないように気を付けてくださいね」 「はーい!」 海徳法師様は元皇族らしいけど、地位を捨て出家した。海徳法師様が信仰する仏教の宗派に繋がりがあった俺たちの寺院によく会いに来てくれるけど、修行と都仕えのせいでたまにしか会えない。 でも、会いに来てくれた時には元皇族だからお菓子を持ち帰ってくれる。いつも通りの日常。なんの不安もない、楽しい日々。 あれ? 目の前が真っ暗に、なんで? ――― 視界が回転して、次に視界に広がったのは暗い部屋。 耳につくのは、露と鈴の悲痛を訴える叫び声。 鼻から吸うのは、汗と血と……それと悪臭。 目は固く閉じている。これは、見てはいけない。 露と鈴が俺を助けるために、俺を見つからないように隠してくれている。 神が女のもとに通うような美しさとはかけ離れた、汚れた肉欲が弾ける地獄。 「いや、もうやめて!」 「は、はなせ!」 「……やだ、……やだ」 これは海徳法師様がまた修行に出たある日、初めて貴族の俗物共に喰われた記憶だ。 俺たち中・下稚児は灌頂を受けることで観世音菩薩となり、慈悲をもって一切衆生を救うとされていた。 俺たちには、菊丸、露丸、鈴丸と名を付けられた。 でも、硬い儀式なんて、そんなに大きくもないこの寺院で行われることはなかった。 俺たちは朝、名をつけられ、昼から今までずっと部屋から出ていない。 「いいかい? 海徳法師様が戻られてもこのことは秘密だよ、言ってはイケナイからね」 「ぜんぶ、全部あの人に言ってやる!」 「あはっはっは、良いのかい? もし君たちが彼にこのことを言ったら、彼は君たちを軽蔑するだろうね」 「そ、そんなこと」 「菊、という子を守ったつもりかい?」 「アイツには手を出すな!」 「じゃあ、海徳法師様にも言わないよね? 彼に一言でも話せば、あの童も、そこの女童のようにコワシチャウカモ」 「やめろおおお」 「だめえ、菊はまだ、私達よりちいさいの」 「ああ、でもあの美しさだ、入れられなくても愛でる分には問題ない」 露と鈴は下衆な僧や貴族の男どもの手に弄ばれた。 衣擦れ、肌のぶつかり合う、押し出されるような水の音、すべてを遮断しようと俺は両耳を塞いだ。 「菊、菊、もう大丈夫よ」 「ああ、菊出てこい」 「露ぅ、鈴ぅ」 露と鈴の体は目を逸らしたくなるほど痛々しい跡が残っていた。 まだ、幼い俺に気を使って二人は体の露出部分を減らしてはいるが、下稚児の二人が着ている衣は体に合っておらず、袖が短い手首には数珠や縄の跡が残っており、脚にも大きな手形が残り乱暴に掴まれていたことが分かる。 俺の視線に気づいた二人は、慌てるように袖やしゃがんで裾で隠している。その姿は、体のいい理由を仏の様な顔で述べて、彼らが受けるべきではない力ある者による欲の捌け口として扱われているという事実だった。 「クク、これぐらい大丈夫だって」 「私たちは菊より大人、……なの、よ」 「お前には絶対触れさせないから」 「安心してよね、私たちが護ってあげるわ」 「う、うぅ」 二人はいつも優しかった。俺に手を出さないよう常にどちらかは隣にいてくれて、暗くなると俺を隠してくれた。 そして、母上のもとに帰っている間、俺は母上に僧が行う呪噤など寺院で学んだことを報告し、それが終わればすぐに部屋を追い出され、都に戻った父のいない屋敷でひとり、床に入るのだ。 二人がどんな目に合っているか不安になり眠れない夜も続いたが、寺院に戻れば自分よりも二人の方が酷い目に合っているという事実は変わらなかった。 ある日、海徳法師様が戻ったときには、二人の身体からは行為の跡が綺麗に消えていた。 寺院の僧は、海徳法師様から文を貰うと、その日からは一切手を出すことはなかった。 だが、海徳法師様がまた、修行に戻れば彼らは行為を強要する。 そんな事が自分が可愛がっている稚児にも行われているとは思ってもいない海徳法師様は俺たちが#稚児灌頂__ちごがんじょう__#の儀を終えた事を喜んでくれた。 ただ、まだ幼すぎた俺までもその儀を終えた事には不思議がっていたが、寺院の僧らは海徳法師様の稚児ですからと言って、それらの行為を悟られないように上手く丸め込んでいたのだろう。 海徳法師様は、お優しい人で決して人を疑わない御方だから。 いつか、気づいてくれる、そう願っていた。 「海徳法師様、次はいつ来てくれる?」 「すまんが、これからはあまり顔を見に来ることが出来ないんだ」 「……そうなの?」 「なあ、海徳法師様、俺らを見捨てないよな」 そう言った露の顔は真剣で、海徳法師様は当たり前だと言って、露の頭を撫でた。 「寺の者の言うことを聞くのだぞ」 「……うん」 「また、来てね」 「……海徳法師様」 そう言って、海徳法師様と別れた次の日のことだった。 都から俺の噂を聞いた貴族によって、俺は初めて暗い部屋に押し込まれた。 「ああ、やはり、美しい顔だ」 「本当に、こんな廃れかかっている寺院にこんな綺麗な稚児がいたとはな」 「わざわざ足を運んだ甲斐があったわい」 身なりを着飾った貴族の男たちが同時に俺を押し倒した。 俺は抵抗することを半ば諦めていた。 それは、いつも露と鈴が俺の身代わりになって強姦されている所を目にしていたからだ。 二人はよく抵抗せず、時間が過ぎていくのを待っているような目で宙を見ていた。 きっと、今の俺もそんな顔をしているだろう。 「クク、僧によればわしらが初めての相手だそうだ」 「そうだそうだ、こやつを守っていた稚児共には褒美をやらないとな」 「おい、こやつの仲間を連れてこい」 貴族の言葉を聞いて、俺は意識を戻した。 駄目だ! こんな、俺の姿を見たら、あの二人が俺を守ってくれてた今までの事が……。 「やめろ、俺だけにしてくれ」 「お、わしらをようやっと見やった」 「仲間が惜しいか、お前がその気にならんと俺らもつまらんからな」 「だが、一人でわしらの相手をするのも辛かろう、やはり、僧に捕まえてきてもらうか」 「や、やめてくれ! 頼む!」 そんな、俺の頼みはやはり聞いてもらえず、貴族らが俺の肉体を舐め回している間に、露と鈴の俺を呼ぶ叫び声が響いた。 「き、きさまらぁ!」 「菊! 菊!」 「露、鈴」 二人がその小さな体を大人に押さえつけられながら、いつものように強姦されている姿を瞳に映し、俺はいくつもの男の腕と肉に埋め尽くされた。 「ククク、もう少し大きくなってからではないと入らないな、今回はこれまでにしておくか」 「可愛かったぞ菊丸」 「また、おぬしの体を楽しませてくれよ」 ああ、やっと終わったのか。 「あ、あぁ、菊」 「大丈夫か、菊」 「う、うぅうう」 俺は二人が意識を飛ばしている姿を何回も見ているというのに、二人はすぐに傷だらけの体で俺に近づいてきてくれた。 「ご、めんねぇ、まも、ってあげらな、くて、ごめんねぇぇ」 「菊、痛くないか? 大丈夫か? 怖かったな、もう大丈夫だ」 「うぅぅう、んぐ、うぅ」 俺は裸の二人に抱きしめられ、何も言う事が出来なかった。 二人の体の傷跡が目に入るたびに、俺を守ってくれていた二人に対する罪を感じずにいられなかった。 それからほどなくして、父が都から戻って来るとのことで母によって屋敷に連れ戻された。 母が雇った人間に俺が連れていかれる姿を二人は見ることはなかった。 その間にも、二人は僧共に閉じ込められていたのだから。 こうして露や鈴を寺院に置いて、俺だけが助かろうと逃げるように感じながら屋敷に戻ったのだ。 「ああ、そうだ五濁と三毒は露と鈴だ……そして、海徳法師様」 光の眩しさに目を開けるとそこは、見慣れた部屋の景色だった。 懐かしい白狐と太郎丸と過ごした部屋。 なぜ、俺はここに? 「目が覚めたか兄様」 「え?」 透き通った声、『恋歌物語』で聞きなれた声が隣から聞こえた。 「善晴?」
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