第1話-最後に見たのは男体化した主人公

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第1話-最後に見たのは男体化した主人公

――――乙女ゲーム『恋歌物語(れんかものがたり)』は大変素晴らしい作品なのである。 某大文豪の作品が頭の中に浮かび上がった。 そんな作品名を思い起こさせるような口調でいいながら、成人男性の部屋をノックせずに中に入ってきたのは、年の離れた現役女子高生の妹だった。    芦屋#光弘__みつひろ__# 二十七歳 社会人 彼女無し     妹に乙女ゲー厶を勧められてます。 急に取れた三日間の連休、一人暮らししている静かなアパートから賑やかな家族がいる実家に帰ってきてゆっくりしているとすぐこれだ。妹はよくハマった作品を俺に教えてくれる。 だが、俺はもともと乙女ゲームに興味はない。 これまで乙女ゲームを何度か勧められたが、いつも逆ハーレムに囲まれる女主人公を陥れる悪役令嬢的な人間らしい醜さを体現した悪役と呼ばれる登場人物の方が好きになっていた。 むしろ妹がこれまで遊んでいた乙女ゲームの悪役を攻略したいとまで思ったほどだ。 可愛い系より、美人系の方が好きなのもあるだろう。 しかし、興奮気味に教えにきてくれた妹を邪険に扱うこともできず、とりあえず、ゲームの名前を反復した。 「恋歌物語?」 「そうだよ! 知らない? 今すごく人気で……って腐男子ってイケメンがいたら飛び込むんじゃないの?」 もう一つ言い忘れていたことがある、俺は 腐男子 なんだ。 たしかに、イケメンが多く出るならそこで推しを作るのはやぶさかでないな。 「……どこが魅力的なのか教えて」 「うん!」 妹の顔は笑顔になって、楽しそうに説明しはじめた。 「お兄ちゃんが好きそうな人間の愛と権力をテーマにしたドロドロ劇だし、男同士の絡みが最高に多いの」 ……ちなみに、と言って自身のスマホを操作し二次創作が多くあげられているサイトを見せてくれた。 そこには、その乙女ゲームの作品に登場するのだろう人の名前が掛け算されていた。 「二次創作ではタグにBLしか見受けられません」 それは乙女ゲームとしてどうなのだろう? まあ二次創作だからいろいろな人がいるからな。 イラストの方を見てみてもイケメンが勢ぞろいしているのはよく分かり、話を聞いてみることにした。 「まずは、公式から見せてあげる!」 妹はそういってスマホを差し出した。 自分で読めという事だろうか。 先ほどまでスマホで読み進めていたBL小説に名残惜しさを感じながらも画面を閉じて、スマホを受け取った。 借りた妹のスマホは充電切れぎりぎりで画面が暗かった。同じ機種の充電器を差し込むと画面は明るさを取り戻した。 いつのまにか後ろに回っていた妹に、暗くしていると目を悪くするぞ、と言った。 だが、俺の言葉を無視して妹は勝手に俺のスマホをとり、パスワードを難なく解除していた。 おい! なぜパスワードを知っている!?  そのまま、無意味に履歴から小説サイトやその他もろとも躊躇いなく消し、ストアを開いてなにやら勝手にアプリをダウンロードしていた。 ああ、読んでいる最中の素晴らしい作品が……嫌がらせか? 仕方ない、後で閲覧履歴から見るか。 妹を恨めしそうに睨んでいると、「ねえ、もう読んだ?」と目を輝かせて聞いてきた。 「今から読む、待ってて」 ***  時は―――鳴くようぐいす 平安京。  千年の時を遡り、現代に生きる一人の少女 #橘香澄__たちばなかすみ__# が異界と人の世が混沌とする世界に迷い込んでしまう。  少女と出会うのは身分ある四人の男たち、そして都を震え上がらせる最恐の鬼だった。  都でもっとも有名で妖の血が混じる天才陰陽師 ───#安部善晴__あべよしはる__#  現帝の嫡子であり弓の名手でもある心優しい第一貴公子 ───#源雅峰__みなもとのまさみね__#  師弟の善晴と同じ陰陽寮に属し多方面に影響力を持つ陰陽博士 ───#賀茂忠栄__かもただよし__#  貴族で歌人、雅で風流な和歌を詠み情熱的な恋多き男  ───#在原静春__ありはらのしずはる__#  人間に化けて酒と歌に耽る羅城門に住み着く鬼 ───#良佳__よしか__# 彼らとともに極悪非道な悪役法師陰陽師 ───蘆屋満成(あしやみつなり)を討ち落とす! 失われた血 #橘__たちばな__#家 の真実が今蘇る。 彼らと出会ったのは運命か、必然か。 ※このゲームはフィクションです。作品に登場する団体・地域は史実とは関係ありません。 ※18〇禁につき18歳以下のご利用は出来ません。 *** ん? 見間違いか? 「なあ、18禁と書かれているが、お前まさかやったのか?」 「お兄ちゃん! お願いがあるの!」 「お、おう」 「このゲーム評価最高の☆五なのに18禁というね……ヴィジュアルに惹かれた未成年を殺しにかかってるの。だから、私の代わりにやって?」 可愛い妹がお願いしてくるんだ。無駄な抵抗ははじめから諦めた。 妹のお願いは叶えたくなるのがお兄ちゃんだろう? たとえ、それが18禁の#乙女__・__#ゲームだとしても、やってやるのが兄の役目だ。 はい。その日から毎日時間が許す限りプレイしました。 朝起きてログインボーナス。会社に出勤して休憩時間にはクエストをこなした。 帰宅中にコンビニによってチケットが買える魔法のカードを買って、単身用のアパートに帰ってその日分のチケットと追加したチケットを消費して、と妹に内容を一括で話せるようにとても努力した。 まあ、18禁なのでそこは端折るけどね。 そしてついに1ヵ月が経った。 クエストによるエピソードもすべて解禁し、それぞれのHappy、Normalルートを解放した。 この作品では、HappyとNormalの二つしかなく、Happyは攻略対象と結ばれ、Normalは攻略対象を振って一生の友のまま終わるというエンドである。 これは、乙女ゲームなんだよな?  Normalクリア後にそう不思議に思った。   友達のままって乙女ゲーム的にはありなのか? 俺が知らないだけか? それらはさておき、頑張ってすべてのルートを攻略したのだ。 特に最高だったのは安部善晴(あべよしはる)だな。 これは最高にヤバイ。 あと、善晴(よしはる)雅峰(まさみね)のCPは沼だった。 それに、主人公最初から最後まで男装してるし。イラスト画イケメンだし。顔が良き。 R18○通り、Happyの閨事ではやっぱり女性として扱われてるんだけど、これがもうエロゲなのよ。世の女性は男のエロゲと変わらないゲームをやってるのか……ちょっと衝撃。 女性経験の全くない俺にとって『恋歌物語#__れんかものがたり__#』の女目線で男たちに迫られる受け身をとるのは新鮮だったな……ドキドキした。 まず、俺のイチオシは顔、キャラ設定、すべてが最強クラスだな。 安部善晴は、普段の幻想的な儚さを裏切るように、二人になるとさらに妖しい雰囲気が相まって艶のある低い声で甘く囁きながら意地悪な言葉で迫るドS陰陽師だ。 源雅峰は、武官の持つ責任強い落ち着いた姿とは別で、身も心も縛りつけるような情熱的な愛を溢れさせる執着系ヤンデレ貴公子だった。 賀茂忠栄の昼間は頼りがいのある兄属性で、宵になると妖しく漂う色香に酔いそうになる妖艶なエロ兄系エリート陰陽博士だ。 在原静春は雅男として数多の姫や女たちを誘惑しているが、主人公に対しては初心でその可愛さについ危機感を緩和してしまう弟属性である。 羅城門の鬼の良佳は、すべての女人が彼の目線だけで孕んでしまうほど男の色気が溢れる容姿で、常に威風堂々としており、時折己の弱さを見せるツンデレ属性である。 ストーリーはエロが少ないから、好感持てるし、愛をちゃんと育んでるのが分かる。 可能なら記憶をもう一度消してやり直したい! 乙女ゲー厶だけど……、乙女ゲームなんだけど!(二回) 善晴と雅峰、この二人は友情を超えて、まじでヒロインいなかったら二人は事実婚レベルよ。秒で評価☆五にしたわ。 脳内で妹に説明する流れを永遠に考えていられるほどの浮かれ気分で妹にチャットを送った。 【18歳になったら絶対やったほうがいい。 今から帰るよ】 電車に揺られ着いたのはいつもと違う実家の最寄り駅。 かすかに夕暮がかった淡い空色に星が浮かび始めたころには見慣れた駅に着いていて、足は記憶している道を勝手に歩み始める。 途中に人通りは少ないが交通量が多い道路がある。 信号が変わるのを待っている間にポケットからスマホを取り出した。 妹からチャットの通知が来ていた。 【今日はお兄ちゃんの大好きなから揚げとナポリタンだよ! ご飯の前にすこしだけでもいいから教えて~>< 】 ご飯を食べられるのはいつになるのか……。 目を輝かせて待っているんだろうな 妹の楽しみにしているだろう顔を想像していると、背中に誰かがぶつかってきた。誰だと振り向こうとしたときには、その人は俺の横を過ぎていった。 「危ない!」 信号は赤だった。 大型トラックが走ってくるのが視界の端に移った。 咄嗟に手が出て、気づけば俺が道路の方に身を乗り出していた。 どうやら、青年に伸ばした手は彼の服を掴み引っ張ったが、俺の体は軸がブレ、遠心力によってそのまま反対になったようだ。 あ、轢かれると思った時には、視界に移る全ての物事が遅く動いている気がした。 目の前の青年の顔は、驚きに満ちている。 その青年の顔を見て、すでに心臓が止まりそうになった。 青年の顔は、今から妹に攻略を教えようとしていた『恋歌物語』の主人公 #橘香澄__・__#だった。 ひとつ疑問点があれば、 あれ? なんで、男なんだ? 死ぬ直前に主人公と瓜二つな人に出会えるなんて、もっと生きていたら登場人物達にも会えてたのかな? そしたら、イケメンたちが美女になってるとか? ハハ、だけどもう会うこともないだろうな。 最後に人助けか、あいつとは違うな―――― 鼓膜を引き裂く様なトラックのブレーキの音が消えた。 こうして、俺、芦屋光弘の人生は享年二十七歳で幕を閉じた。
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