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そこでふと、気になったことを尋ねてみる。
「そういえば、えっと……お姉さんは、旅はずっと……一人だったんですか?」
はい、と少女は静かに答えた。
「一機でした」
「……どのくらい?」
「八年と六十二日です」
「寂しく……なかったの?」
「はい。感じないので」
「じゃあ、楽しかったですか?」
「いえ。楽しさを感じる機能も、ありませんから」
「そう……ですか……」
してはいけないような質問をしてしまった気がして、アノは質問したことを少し後悔した。
寂しさも、楽しさも感じない。それはどんな気分なんだろうと、アノは考えてみる。考えてみるが、解らない。けれどもそれはきっと、とても怖いことだと、漠然と思った。
この後の言葉をどう切り出そうと考えていると、まだ重大なことを少女に言っていなかったことを思い出す。
「そういえば、僕の名前、まだ教えてなかったですよね」
「はい。ですが、住居を調べたので既に知っています。あなたはアノ・カサヒクです。アノ様と呼べば良いでしょうか」
いやいやいやと、アノは慌てて手を振った。
「アノで良いです」
様なんてつけられる身分ではないし、そう呼ばれることを想像しただけで、恥ずかしさで背中がむず痒くなる。
「僕はお姉さんのこと、何て呼べば良いですか?」
「何でも構いません。MEA-三〇六九でも、ピリオドでも。もっとも、どちらも私一個体を示す名前ではありませんが」
「名前がないんですか?」
はいと少女は答えた。
「じゃあ名前は……ピロウとか、どうですか?」
「ピロウ、ですか」
「うん」
アノはきっぱりと首肯する。
「ナントカ九六って憶えられないし、ピロウド? ——もさ、言いにくいから。だから、ピロウ」
どうですかとアノが尋くと、少女は、構いませんと答えた。
「じゃあ、よろしくね、ピロウ」
アノは手を差し出すと、少女はその手をとって握手した。
「はい。よろしくお願いします、アノ」
「うん!」
「では」
行きましょう——その言葉と同時に、アノとピロウが歩きだす。
それに合わせるように、薄暗い路地裏に光が差した。太陽を覆っていた雲が途切れたのだ。徐々に広がるその光が、少女の背中で揺れる髪に当たって、ちらちらと反射した。
——ああ。やっぱり……。
天使みたいだ。陽光に輝くピロウの顔を見上げて、アノはただそう思った。
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