想い

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想い

 空を見渡すと雲ひとつなく、青空が広がっていた。 吹く風が気持ちよくて、自室のベランダの椅子に座って外の景色を見ていた澪は、ボンヤリと空を見上げていた。 そういえば、あの日もこんな空だった…。 ずっと、心の奥にしまっていおいた記憶を手繰り寄せようと目を閉じた。  休みの日の朝は、いつも遅く起きる。 学校がある日は六時に起きて、朝食を食べないと間に合わない。 しかし、休日の朝は八時過ぎに起きる。 窓から差し込む太陽の光を眩しく感じながら、ベッドの上で澪は思いっきり背伸びをした。 「あ~!良く寝た!」 元気よくベッドから出ると、寝ぐせのついたままの頭でリビングに向かった。 リビングのキッチン寄りに食卓テーブルが置いてあり、食卓テーブルには澪の家での休みの日の朝食の定番、ベーグルとスクランブルエッグが用意されていた。 スクランブルエッグは半生で口に入れると、とろけるような舌触りだった。 つけ合わせの野菜はいつも違っていたが、飲み物はいつも野菜ジュースだった。 そして、朝食を終えると母親がコーヒーを出してくれる。 いつも休日は仕事の付き合いで留守がちの父親も今朝は食卓にいた。 「おはよう」 父親は穏やかな声で言うと笑った。 「おはよう!お父さん」 澪は嬉しそうに元気に自分の席につく。 「おはよう。澪」 母親が食卓にサラダの入った器を持ってきた。 「また、野菜か・・」 父親はウンザリしたように言った。 「健康のためよ。病気になったら何もできないでしょ」 「そうなんだけど・・」 母親に頭の上がらない父親を見て、澪はクスクスと笑った。 「ほら、澪に笑われてるわよ。子供みたいって」 「子供・・。うーん」 困ったように澪に目で助けを求める父親の姿がおかしくて、澪は笑いが止まらなかった。 「お父さんの負けだよ!」 「お父さんが負けか…澪が言うなら、しかたないな~」 父親がいいながら舌を出すと、澪と母親は一緒に笑った。 澪は笑いながら辺りが火の海に変わっていることに気づく。 「お父さん!お母さん!」 両親の姿を探すが、いつの間にか周りには誰もいない。 気がつくと手足は縛られ、炎の中にいた。 炎の向こう側に天の羽の信者とクラスメイト達の姿が見えた。 クラスメイト達は火あぶりにあっている澪を見て笑っていた。 「いや…!やめて!」  澪は自分の声で目を覚ました。 目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。 澪の家のリビング程の広さの部屋だ。 一人の部屋としては少し広すぎる。 どこか寂しい気さえした。 そう思いながら、澪は起き上がった。 「あれ…?」 自分の体に違和感を感じた。 いつもと違う、ぎこちない動き、ベッドのシーツを触った時の感覚、いつもと違っている。 澪は部屋に姿見の鏡があるのに気づくと、ベッドから出て鏡の前に立った。 自分のものではない見慣れないパジャマを着ているが、いつもと変わらない自分…のはず。 よく見ると、どこか表情が希薄に見えた。 その表情のない顔は、まるで人形のよう。 部屋のドアがノックもされずに開くと、希道と秘書らしき冷たい感じのする美人が入ってきた。 「目が覚めたようだね」 希道が穏やかな口調で言った。 「あの…。あたしは、どうしてここに?」 「何も覚えていないのかい?」 「わからない…。変な夢を見たような…」 「変な夢?」 「火あぶりにあった夢です。でも、そんはずない。だって、あたし生きてますから!」 「…」 希道と秘書は顔を見合わせる。 「あの…?あたし、変なこと言いました?やっぱり、変ですよね。火あぶりなんて」 言いながら澪は笑った。 「そうじゃないんだ」 希道は静かな声で言った。 「あなたは本当に火あぶりにあったのよ」 そう言ったのは秘書の方だった。 「え?だって、火あぶりになったら生きてるはずがない。でも、あたしは今、こうして生きてる」 「そう。あなたは火あぶりにあったけど、生き残った。人間の体では生きることができなくなってしまったけど。義体を使って、サイボーグとして人間の姿で生き続けることができる」 「え…?どういう意味?」 秘書は窓際のテーブルに置いてあるフルーツバスケットの脇にあった果物ナイフを手に取る。 そして、果物ナイフで澪の腕に切りつけた。 「痛っ!」 澪は切られた腕を押える。 「何するんですか!」 「その傷から血は流れてるかしら?」 「え…?当たり前でしょ?怪我したら血が出るのが普通…」 そう言いながら、澪は腕の傷口を見た。 しかし、血は流れていなかった。 それどころか、切れた皮膚はパックリと開いて、その下に金属らしきものが見えた。 「え!何…!これ…」 「言ったでしょ?サイボーグだって。あなたは人間の姿をしていても体は違うのよ」 「そんな…」 澪は傷口を見ながら、その場に座り込んだ。 「(るい)。少し言い過ぎたようだな。まだ、この娘は自分の運命を受け入れられる余裕はない」 「でも、黙っていても…いつか自分の体が人間じゃないことに気づきます。その時になって、なぜ教えてくれなかったのか?と言う時が来るはず。それならいっそ、早いうちに受け入れた方がいいのではないのでしょうか?」 「泪。人には心というものがある。頭でわかっていても受け入れられないこともある。それだけ、彼女は辛い思いをしたんだ。君ならわかるはず」 「…だからこそ、です」 泪は哀しみに満ちた目で言った。 「泪…」 希道は困ったように、ため息をつく。 「すいません。少し、外の空気を吸ってきます」 そう言うと泪は部屋から出て行った。 「すまないね。泪に悪気はないんだ。さっ、立てるかい?」 希道は澪の両肩を掴んで引き上げる。 澪は無言のまま立ち上がらせると、椅子に座らせた。 そして、自分は澪の向かい側の椅子に座る。 「誤解のないように言っておくが…君を助けたのは泪だ」 「え…!」 「泪は魔女狩りに遭った人間を何人も助けてきた。それこそ、君のように生身の体で生きられない状態の人間でも…だ。しかし、そのケースの助けた人間のほとんどが自分で命を絶ってしまった」 希道は、ため息をつく。 「その度に泪は泣いていた。今度こそ…今度こそと。だから、言葉が強くなってしまう。泪は君に死んでほしくないんだ。方法は間違っていたのかもしれない。でも、君を苦しめたいわけじゃない。そのことだけは、わかってほしい」 希道は穏やかな笑顔で言った。 「泪も私も君の味方だ。それだけは忘れないでほしい」 その声は、とても穏やかで優しい声だった。 澪は、ゆっくりと顔を上げる。 希道の穏やかな眼差しが目の前にあった。 「本当に・・?」 「ああ、本当だよ」 希道は笑顔で言った。 澪の顔はみるみる泣き顔に変わる。 しかし、涙はでない。 澪は両手で顔を覆って、俯いた。 希道は澪の近くまで来ると、澪の肩を軽くポンポンと叩いた。 「ううっ…!」 澪は声をあげて泣き始めた。 涙が零れることはない。 しかし、澪は確かに泣いていた。  それから、しばらく澪はサイボーグの体の調整のため、希道の屋敷にいた。 調整が終わるまでは両親には会えないと言われ、しかたなく言われた通りにしていた。  月日は流れて、澪が希道の屋敷にきて6カ月が経っていた。 澪はやっと、夜だけ人気のない庭にある東屋に行けるようになっていた。 東屋にある椅子に座って、ライトアップされた噴水を見ていた。 そこには希道と泪もいた。 「ずいぶん、元気になったね。澪」 希道は穏やかに言った。 「はい。希道さんのお陰です」 澪はニッコリ笑って言った。 「泪とも話したんだが、もう、君を両親に会わせてもいいかもしれない」 言いながら泪を見る。 泪は頷く。 「その前に聞いてほしいことがあるの」 泪は真剣な眼差しで言った。 「何を?」 「澪のご両親はね…。あなたが火あぶりにあった翌日、同じように火あぶりにあって亡くなっているの」 澪の顔から表情がなくなる。 どんな顔をすればいいかわからかない。 「今はご両親はお墓の中にいるの。だから、お墓に連れて行って会わせることならできるの」 「…あたしのせい?あたしが生き残ったせい?」 「違うわ。澪は関係ない。天の羽は澪が生きていることを知らない。澪を助けてから、ずっと、希道さんと一緒にあなたの存在を隠し続けてきたの。だから、知ってるはずがない」 「天の羽は人から妬まれる人間を火あぶりにすることで、妬んだ人間達を味方につけている。君の両親もそういった犠牲者の一人だ。決して、君のせいじゃない」 希道も必死に訴える。 「そうよ。あなたは悪くない!だから、自分を責めないで…」 潤んだ目で泪は言った。 「泪さん…」 「死んでほしくないの。もう、誰かが死ぬを見るのは嫌なの…。だから、自分を責めて死んだりしないで」 そう言った泪の目からは涙が零れた。 希道も哀しそうな瞳で澪を見ている。 希道と泪は今まで何人の人間をサイボーグにして助けてきたのだろう。 そして、せっかく助けた命を次々、目の前で失ってきた。 その哀しみの記憶が二人を駆り立てる。 目の前にいる澪を死なせたくない…と。 澪は希道と泪の気持ちに気づくと、笑顔を見せた。 「大丈夫よ。あたしは死なないから」 「澪…」 「澪」 「だから、そんな顔しないで」 優しい声で言うと、澪は微笑んだ。 「澪!」 泪は澪を抱きしめた。 「泪さん…」 泪は声を上げて泣き始めた。 希道は、そんな澪と泪を穏やかな眼差しで見ていた。 それから、数日後、澪は希道と泪に案内され両親の墓に行った。 その日は、澪の気持ちとは裏腹に雲一つない青い空が広がる晴天だった。 墓石には両親の名前が彫ってあった。 「澪のご両親は君が死んだことを知らされて、失意の中、無抵抗で火あぶりにあったと聞いている。助けられなかったのが残念だよ」 希道は哀しそうに目を細める。 澪はじっと墓標を見るつめる。 そして、口を開く。 「…お父さん、お母さん。あたし、生きてるよ。だから、安心して」 澪は笑顔で墓標に向かって言った。 しかし、体は微かに震えていた。 もし、涙が流せたなら、流れる涙が止まることはなかっただろう。 しかし、その哀しみを含んだ涙は流れることはなかった。 その気持ちを察した泪は”大丈夫”とでも言うように、そっと澪を抱き寄せた。  その日は礼侍の葬儀から一週間経った頃だった。 慎は仁と澪と一緒にダイニングで朝食をとっていた。 慎には礼侍が亡くなったことが未だに信じられない。 あの葬儀でさえ、実は夢だったんじゃないか?・・とさえ思う。 そう思わなければ・・。 現実として受け入れてしまえば・・。 きっと、その哀しみに耐えられないかもしれない。 そんな気持ちが慎の中で礼侍の死を実感させないようにしているのかもしれない。 葬儀の時は光樹や澪のことを考えていて、自分の気持ちに向き合う余裕はなかった。 礼侍が亡くなって哀しいという思う余裕がなかったのだ。 しかし、誰の心配もする必要のない今、礼侍が亡くなったことへの想いをじわじわと感じ始めていた。 仁はボンヤリしている慎に気づく。 「慎」 「ん?」 「よく食べろ。そして、食べたらトレーニングだ」 「うん。ああ…」 慎は曖昧に答える。 仁の言葉は聞こえていないようだった。 仁はため息をつきながら、澪に助けを求めようと澪を見た。 澪は澪でボンヤリと物思いにふけっているようだった。 こりゃ、ダメだ。 仁はため息をついた。 その時だった。 慎のスマホから着信音が鳴った。 「あっ…」 慎は電話に出た。 「光樹。どうした?」 「慎。礼侍の葬儀に来ていた看護士を覚えているか?」 「ああ。あの桜介さんのしていたことを証言してくれるって言ってた看護士だよな?」 「そうだ」 「まさか…。急に証言をやめるって言ってきたのか?」 「いや。それが…」 光樹のため息が聞こえた。 「光樹…?」 「…殺された」 「え…」  光樹から電話があって一時間半後、慎と仁、澪は看護士が死んだ現場にいた。 看護士は、とあるビルから飛び降りていた。 街中ということもあって、人通りが多く、ビルから飛び降りてきた看護士を見たという証人は多かったが、誰も看護士が飛び降りる瞬間を見ていなかった。 この人通りの多い通りで、飛び降りた看護士がビルの下を歩いている人にぶつかるという二次災害がなかったことが不思議だった。 看護士が飛び降りた現場では青いシートが張られ、外からは見えないようになっていた。 そのシートを囲むように立ち入り禁止の黄色いテープがはりめぐらされていて、 黄色いテープの周りに警官達が数人、一般人が立ち入らないように見張って立っている。 光樹に案内され、慎と仁だけがシートの中に入り、澪は外で待つことになった。 礼侍の葬儀の時のこともあり、澪には事件現場を見せない方がいいということになったのだ。 シートの中に入ると、すでに看護士の遺体はなかった。 看護士の血の跡だけが残っていた。 「管理官。ご苦労様です」 シートの中にいた刑事の一人が声をかけてくる。 「君こそ、ご苦労様。もう、鑑識班はいないのか?」 「はい。今は被害者が飛び降りたと思われる屋上に行ってます」 「そうか…」 「あの、その方たちは?」 慎達を見て刑事は言った。 「捜査協力者だ。一般人だが、信用できる」 「…そうですか」 少し納得いかないような顔をしていたが、管理官である光樹に逆らう気はなさそうだった。 「私は屋上に行ってみる。鑑識班が何かつかんでいるかもしれない」 「はい」 「君は引き続き、頑張ってくれ」 「はい」 光樹に続いて慎と仁がシートから外に出る。 歩道の車道側にある街路樹があり、その前に澪が立って待っていた。 「慎!」 澪は慎の顔を見ると、ホッとしたような笑顔を見せた。 きっと、一人で不安だったのだろう。 知らない誰かに自分の体を知られたら…と。 誰もが慎のように受け入れてくれるとは限らない。 「澪。屋上に行くんだ。一緒に行こう」 慎は穏やかな笑顔で言った。 やっぱり、澪を一人にしたの間違いだった。 慎は心の中で、そう思った。 慎が手を差し伸べると、澪は慎の手をとって嬉しそうに笑う。 「さあ、行こうか」 光樹は穏やかな表情で言った。 「そうするか」 そう言った仁はニッと笑う。 歩き出す光樹と仁は並んで歩く。 その後を慎と澪が歩いてくる。 「あの二人を見ているとホッとする」 光樹はニッコリ笑った。 「あの仲の良さは…。見ているとホッコリするな」 「あの二人には、ずっと今のままでいてほしいよ」 「まったくだ」 言いながら、光樹と仁は笑った。 それから慎達はビルの中に入ると、エレベーターに乗って屋上に向かう。 「あのさ…光樹。さっき、看護士はビルから飛び降りたって言ってたよな?」 慎は光樹を見て言った。 「ああ…。今の状況を見る限りはな」 「でも、電話では殺されたって言ったよな?」 「…それは俺の見解。だって、彼女は礼侍を死なせたことに負い目を感じていた。だからこそ証言すると約束してくれた。慎だって覚えてるだろ?」 「ああ」 光樹の云う通り、礼侍の葬儀の日、看護士は目の前で光樹と約束していた。 疲れ泣き崩れた看護士の顔を思い出す。 「あれは嘘をついてるようには見えなかった」 「俺も、そう思う。だから、自分で飛び降りるはずがない。自殺なんかじゃない。だから、殺されたんだと、思ったままを慎に伝えたんだ」 「おいおい。管理官ともあろう方が自分の独断で動いていいのかよ?」 仁がため息をついた。 「本来なら、ダメだ。捜査の指揮をとるものとしては…。しかし、これは捜査に関わる警察の誰にも言ってない。だから、捜査関係者じゃない君たちにだけ言ってる」 「光樹の云いたいことはわかった。俺も光樹と同じ意見だ。あれだけ礼侍さんを死なせたことを後悔している人が、裏切るはずがない」 「じゃあ、口封じに殺されたってか?」 仁は光樹と慎の顔を交互に見ながら言った。 「…そうとしか思えない」 光樹は、ため息をつきながら言った。 「まずいな。事件の真相に近づく者の命まで狙われ始めた」 「ヤバいな。俺たちも命を狙われかねないかもな」 「…そうなるか。すまない。慎達を巻き込んだばかりに」 光樹は頭を下げる。 「大丈夫だって!俺には仁がいる」 「おおっ。そんなに俺って頼りにされてたのか?いいね。やる気がみなぎるわ!」 仁は笑いながら言った。 「あの…あたしも大丈夫だから。普通の人間より丈夫だし!」 それまで黙って聞いていた澪は笑顔で言った。 「みんな…」 光樹は嬉しいような、申し訳ないような微妙な顔をした。 「だとしても無理はしないでくれ。自分の命を一番に考えてくれ」 「わかってるって。死ぬ気はないから」 慎は笑顔で言った。 「俺は死なないけどな」 仁は楽しそうに笑う。 「あたしだって、大丈夫よ」 澪もニッコリ笑う。 そんなやり取りをしている内にエレベーターは屋上のある最上階に到着した。 慎達がエレベーターから降りると、屋上への扉の前に立ち入り禁止の黄色いテープが張られ、その前に警察官が二人立っていた。 「お疲れ様です。管理官」 「屋上に出る。通してくれ」 光樹が、そう言うと光樹の後ろにいた慎達を不信そうに見た。 「後ろの方々は?」 「捜査協力者だ。口は堅い。何かあっても私が責任をとる」 「わかりました。どうぞ」 警察官は黄色いテープ外すと、光樹や慎達を屋上への扉へ通した。 慎達は扉を開け、屋上に出た。 そこでは、屋上のあちこちで鑑識班が事件の痕跡を調べていた。 看護士が飛び降りたのは屋上の扉から真っすぐ歩いていった手すりの先だった。 手すりの手前に看護士のものらしきパンプスが綺麗に揃えて置いてあった。 その状況を見れば、誰もが自殺だと思うだろう。 「靴だけ?遺書は?」 慎は光樹に向かって言った。 「遺書はない。おかしいだろ?こんなに綺麗に靴を並べる人間が遺書を書かないなんて」 「ああ。おかしい。違和感しかない」 「詰めが甘いな…。中途半端すぎる」 仁は呆れたように言った。 「桜介さんがやったのなら、そうかも…。桜介さんのアリバイは?」 「まだ、解剖にまわしたばかりで、死亡推定時刻がわかってなくて。わかり次第、アリバイを調べることになってる」 「そうか…。まだ、桜介さんがやったとは限らないか…」 「一つ疑問なんだけど。その…もし、桜介さんじゃなかったら、誰がやったの?」 それまで、話を聞いていた澪が言った。 「そりゃ、プロだろ。殺しのな…」 答えたのは仁だった。 「殺しのプロを雇ったことだってあるかもしれないな。仁のいう通り詰めは甘いが…。ただ、警察は今の状況証拠を見る限り、自殺と断定しそうだし」 「ああ。このままじゃ…」 光樹はため息をついた。 そう。このままでは桜介にはたどり着かない。 そうなれば警察は桜介を逮捕できない。 殺人犯を野放しにしたまま、犠牲者だけが増えていく。 それだけは、どうしても止めたかった。 「とにかく、他に何かわかったら連絡する。今日は来てくれて、ありがとう」 光樹は穏やかな笑顔で言った。 「俺たちも手がかりがないか調べてみるよ。だから、最後まで希望は捨てるなよ」 慎は光樹を元気づけるように肩を叩いて言った。 「ああ。ありがとう」 「俺だって協力するから、元気だせ」 珍しく仁も光樹を元気づける言葉を言う。 礼侍を亡くした光樹が、あまりにも痛々しかったからだろうか…。 「大丈夫。あたしも協力するから」 澪も笑顔で言う。 「みんな…」 光樹は胸が温かくなるのを感じて、さらに穏やかな表情になる。 「ありがとう」 光樹は笑顔で言った。 「じゃあ、帰るか」 慎が言うと、仁と澪がうなずく。 それから、光樹だけが現場に残り、慎達はビルから出た。  ビルの出入り口から歩道に出ると、見上げた空の天気の良さに気づく。 青空に少しの雲があるだけで、気持ちのいい空だ。 「仁、澪。このまま、屋敷に帰るのは勿体ない天気じゃないか?少し街中を歩いてから帰らないか?」 「おいおい。命を狙われてるかもしれないんだぞ。忘れたのか?」 「賛成!」 澪が元気よく手を上げる。 「仁が守ってくれるだろ?」 慎はからかうように笑う。 「まあ、そりゃそうだけど…」 仁はため息をつく。 「じゃ、決まりな!」 「やったー!」 慎と澪は楽しそうに、はしゃいで歩き始める。 「まったく…」 しょうがないな…というように、ため息をついて仁は慎と澪の後を追う。 色んな人が行きかう歩道には、ほとんど屋敷から出ることのなかった澪にとって見たことのないお店が並んでいる。 ショーウィンドウにはお店で扱っているものによって、様々なディスプレイがされている。 中でも澪が立ち止まって見入っていたのは、ショーウィンドウの中で実際に取り扱ってる服を着たモデルのホログラムが、オフィスで働いているようなパフォーマンスをしているホログラムディスプレイとういうものだった。 颯爽と働く女性の姿を見ていると、あんな女性になりたい。 そう思わせる。 そして、自分の頭の中で想像する。 自分もあんな風に仕事ができたら、どんなにいいか。 想像は膨らみ、理想に近づく一番の手順として、ホログラムが着ているものと同じ服と着ることで、自分をできるだけ理想に近づけようとする。 理想に近づく最大の第一歩は真似をすることとも云う話もある。 それは澪も例外ではない。 あんな風に自分に自信を持って生きられたら…。 一度、存在を否定され命まで奪われかけた澪にとって、目の前のディスプレイのホログラム達は輝いて見えた。 「澪。あの服がほしいの?」 ディスプレイに夢中になっている澪に慎が声をかける。 ディスプレイを見ている澪は楽しそうで、思わず声をかけずにはいられなかった。 「ううん。あんな風になれたらいいな…と思って」 「あんな風にって働きたいの?」 「働きたい…?」 澪はディスプレイを見るのをやめて、考え込む。 「…そっか。働いたら、あんな風になれるね!」 澪は満面の笑みで言った。 「じゃあ、働いてみる?」 「え?できるの?」 澪はワクワクしながら言った。 屋敷から出たことのない澪にとって働くことは難しいと思っていた。 十年以上も世の中とかけ離れた生活をしていたら、外の世界についていけるはずもない…と。 「あの人に頼んでみるよ」 慎は笑顔で言った。 あの人とは…もちろん希道のことだ。 「本当!」 澪は喜びいっぱいの笑顔で言った。 「何?澪は働くのか?」 それまで離れたところにいた仁が言った。 「うん!」 澪は嬉しそうに言った。 「じゃあ、慎も働かないとな。いつまでも希道さんのすねかじりじゃ、守りたいものも守れないぞ」 「俺も?」 「まあ、おまえの場合は希道さんの仕事を継ぐことだろうけどな。世の中に認められる仕事をして初めて大切なものを守れる。今のおまえじゃ、いつか大切なものが、その手をすり抜けていくだろうな」 「そんな大げさな…」 慎は苦笑いする。 「俺から言わせれば、おまえも光樹同様、甘ちゃんだ。大切なものを守るってことがわかってない」 「なんだよ?やけにつかかってくるな」 「当然だろ」 仁は笑顔で言った。 「甘すぎて、大切なものを守れなかった先輩からのアドバイスだからな」 「なんだよ。偉そうなこと言えないじゃないか。守れなかったんじゃ…」 「まあな。でも、後悔してほしくないからな。俺みたいに…」 仁は寂しそうに遠くを見る。 「仁…」 「慎。大切なものを失くしてからじゃ、遅いぞ。できることは全てやれ。俺から云えることはそれだけだ」 微かに哀しみを含んだ笑顔で仁は言った。 しかし、慎も澪もどんな言葉をかけていいのかわからず、ただ、無理に笑う仁を見ていることしかできなかった。 「さて!帰るか!」 気持ちを切り替えるかのように、元気よく仁は言った。 「そうだな」 「うん。いい気分転換にもなったしね」 慎と澪が笑顔で言うと、仁の顔つきが急に真剣なものに変わる。 「…ただ、気をつけろよ。事件現場のビルから、俺たちをつけてきてるヤツがいる」 仁は小声で言った。 「まさか…」 慎も当然のように小声で言う。 「看護士を殺したヤツだろうな」 「え…。本当に?」 「真っすぐに屋敷に帰ったらマズい。上手くまくか、叩くぞ」 「わかった」 「うん」 「まず、気づいてないフリをして、このまま歩く。そして、路地に逃げ込み相手を振り返る。相手が姿を見せれば叩く。見せなければ、そのまま路地を走り回り、まく。いいな?」 「わかった」 「うん」 慎は澪を見た。 「澪。手を」 慎が手を差し出すと、澪が握る。 「離すなよ」 「うん。わかってる」 澪は笑顔で言った。 そんな二人を見て、仁は安心したようにニッと笑う。  それから慎達は、それまでと変わらず何事もなかったかのように歩いていく。 しばらくすると、仁はとある路地に目をつける。 「慎。そこの路地にしよう。確か、あの路地の先は幾つかの路地が重なって逃げやすかったはずだ」 「よく知ってるな」 「逃げ道を知っておくのもボディーガードの仕事だからな」 仁はニッと笑う。 「慎。先に行け。俺は相手が何かしてきた時のために後ろを行く」 「大丈夫なのか?」 「んなことわかるか。けど、おまえを守るのが俺の仕事だ。俺の責任をまっとうさせろ」 「わかったよ」 慎は苦笑いしながら言った。 「じゃ、行け!今だ!」 「澪。行くぞ」 慎は澪の手を引っ張って、路地に駆け込む。 その後ろから仁が駆け込んでくる。 駆け込んで、すぐに三人は路地の入り口を振り返った。 そこには誰の姿もなかった。 仁がホッと胸をなでおろす。 「慎。走れ!」 「わかった」 慎が走り出すと、慎の顔の横を銃弾が擦り抜ける。 銃弾は外れた…しかし、どこから? 走りながら相手を探すと、路地の入口にあるビルの屋上に続く外付けの階段の、丁度二階にあたる踊り場に黒ずくめの人間がいる。 細身だが体格からして男のよだが、銃を慎に向けている。 「慎。止まるな!走れ!」 仁は言いながら階段を上っていく。 黒ずくめの男は階段を上がっていくる仁を上から撃つ、しかし、仁は軽々とかわして階段を駆け上っていく。 それを見た慎は安心したように前を向いて走り出す。 しかし、その瞬間、何かがきしむ音がした。 慎は思わず立ち止まり、振りかえる。 「慎!だめよ!」 澪は慎の手を引きながら、同じ方向を見る。 二階の階段の踊り場から下の階段がちぎれるかのようにして、ゆっくりと地面に降りていく。 それまで男は仁を狙って撃っていると思っていたが、実は階段を狙って撃っていたのだ。 仁を男自身に近づけさせないためだろう。 きしみながら地面に落ちていく階段から、仁は飛び降りる。 その瞬間、男に膝から下の右足の義足を撃たれる。 そのまま地面に着地し、仁の右足の義足の一部が砕ける。 「仁!」 「俺にかまうな!逃げろ!」 仁に駆け寄ろうとした慎に言った。 「でも…仁」 男が二階から飛び降りてくる。 仁の目の前に着地すると、仁には目もくれず慎を見る。 「おまえの相手は俺だ!」 仁は左足で地面をけり、男を捕まえようと向かっていく。 しかし、男は仁を避け、仁の左足の義足を銃で撃ち動けなくする。 仁はバランスを崩し、その場に倒れこむ。 「仁!」 「逃げろ!」 男は余裕の態度で慎に銃を向ける。 「慎!逃げろ!」 仁は心の叫びにも似た声で言った。 また、目の前で消えてく命を救えないのか…? 「慎!逃げて!」 もう、いやよ! 大切な誰かを失うなんて…! 澪の脳裏に泪の顔が浮かんだ。 「死なせない!」 澪が、そう叫んだ瞬間、銃声が響いた。 そして、何かが砕ける音が響いた。 それは慎を庇い、慎の前に出た澪の体が銃弾を受けた音だった。 胸が大きく裂け、中から骨組みらしき金属が見えていた。 澪はその場に倒れた。 「澪!」 慎は澪を抱きかかえた。 「大丈夫よ。あたし、死なないから…」 澪は笑顔で言った。 抱きかかえた澪の体は力の抜けた状態で、ずっしりと重い。 何かの回路を銃弾が破壊したようで、体は動かすことができなくなっていた。 ただ、顔の表情だけを動かすことができていた。 「大丈夫」 澪は笑顔で言った。 「澪…」 慎は逃げることも忘れて、澪を抱きしめた。 そんな慎に男は銃を向ける。 「やめろ!慎!逃げろ!」 必死な仁の声は慎にも男にも届いていないようだった。 俺はなんて無力なんだ。 また、目の前の命を救えない。 大切なものが、また手から零れ落ちていく…。 仁は慎の死を覚悟した。 「お巡りさん!こっちです!」 女の子の声がして、路地に数人の警官が入ってくる。 そして、男を見るなり、銃を構える。 「銃を捨てろ!」 男はゆっくりと警官達のいる方を振り返る。 そして、銃を投げ捨てると、両手をあげた。 その男の様子を見た警官達はゆっくりと男に近づいくと、男に手錠をかけ、倒れた階段に男を手錠でつなぐ。 そして、警官達は慎と澪や仁の状態を確認し始めた。 「大丈夫か?」 「こりゃ、ひどいな…」 警官達が目を離している隙に男は手錠を外し逃げ出す。 「おい。犯人が逃げるぞ!」 気づいた仁が警官に言った。 「何!?」 警官達は慌てて男を追いかけていく。 警官達がいなくなると、仁はため息をついた。 「慎…。おまえってヤツは…」 「仁…。大丈夫か?」 「バカが…。逃げろって言っただろ?」 「そんなことできないだろ」 慎は仁を真っすぐに見て言った。 「本当、わからないヤツだな…。でも、無事でよかった」 仁は疲れた顔で苦笑いした。 「良かった。誰も死ななくて」 その声は慎でもなく、仁でもなく、澪でもない。 その声の主を見ると、そこには朱音が立っていた。 「朱音!」 慎と仁は叫んだ。 「なんで、ここに?っていうか、外に出れるのか?」 仁はホログラムの朱音をまじまじとを見る。 「ネット回線を通って、どこでも行けるわ」 「朱音が助けてくれたの?」 慎はホッとしたように言った。 「そうね。そうともいえるかも。普通の人間のフリしてお巡りさんを呼んできたのだけだけどね」 朱音はニッコリ笑って言った。 「そりゃ、ありがとな。でも、よく俺たちが狙われてるってわかったな」 朱音は俯く。 「桜介が殺し屋に話しているのを聞いたの」 「だから、助けてくれたのか?ありがとう」 慎は穏やかな笑顔で言った。 「ねぇ、あなたが朱音?本当にホログラム?」 動けない澪が言う。 「そうよ」 朱音は澪の傍に行くと、澪の顔に手で触れようとした。 しかし、その手は澪の顔をすり抜ける。 「ほらね。ホログラムだから触れない」 「本当だ。ねぇ、もしかして、あなたも魔女狩りの犠牲者なの?」 「そうよ。その体…。あなたも、あたしと同じね」 朱音は穏やかに笑った。 「そうよ」 「良かった。あたしだけじゃなかった」 朱音は嬉しそうに笑った。 澪には何となく、朱音の気持ちがわかる気がした。 自分だけが魔女狩りでこんな体に…そんな想いを抱えてきたから。 「あなたも大変だったのね」 その言葉を聞いた朱音は更に嬉しそうに笑った。 「あなたには、あたしの気持ちがわかるのね。あたし達、いい友達になれそうね」 朱音はニッコリ笑った。 「そうね」 澪もニッコリと笑った。 「友達なんて何年ぶりだろう。ホログラムで動き回るようになってから…」 朱音は哀しそうに笑った。 その気持ちは澪にもわかった。 「あたしもよ。この体になってから、ずっと人とは関わらずに生きてきたから」 澪は穏やかに笑った。 「これから、よろしくね。澪」 朱音は笑顔で言った。 「こちらこそ。よろしくね。朱音」 澪が、そう言うと朱音の顔が曇る。 「朱音…?」 「帰らなくちゃ…。桜介が帰ってきた」 「朱音。待って!君は今どこにいるんだ?」 慎が言った。 「今…。海…。海の見えるところよ」 「海…?」 「そう…」 朱音の姿が透けるように薄くなって消えていく。 「朱音。もっと、詳しく…!」 「わからない…。桜介に関係ある施設のはず…」 それだけ言い残すと、それっきり澪の声は聞こえなくなった。  事件の後、光樹に後始末を頼んで、慎達は希道の持っている研究所に連れていかれた。 そこは魔女狩りで体のすべてまたは一部を失った人間に義体や義足を提供する施設だった。 澪の体は破損が酷く、修理ではなく代わりの義体を用意することになった。 それにはしばらく時間がかかるため、しばらくの間、澪は施設に泊まることになった。 仁は両足の義足ができるまでの間、病室のような部屋で待たされることになった。 仁は部屋にあるベッドの上で、仰向けになって天井を見上げていた。 ベッドの上に横になる…この状態に懐かしさを感じていた。 あれは、いつだったかな…。  それは十年以上前のこと…。 魔女狩りに遭った家族を助けようとした仁は右足の膝から下を失った。 そして、病院のベッドの上にいた。 もう、生きる気力もなかった。 大切な両親を、弟を、殺され、一人だけ生き残った。 傭兵をしていたことから、家族を守る自信はあった。 しかし、右足を切断され、目の前で火あぶりになった家族の命が散っていくのを、何もせず、見ているしかなった。 やがて、右足からの出血で、意識は遠のいていった。 薄れいく記憶の中で、少し冷たい感じのする美人の顔を見た気がした。  そして、目が覚めると病室のベッドの上にいた。 病室のドアがノックされ、中年の男性と気を失う前に見た冷たい感じの美人が入ってきた。 中年の男性と冷たい感じの美人は仁の前に立った。 「私は希道。彼女は泪。私の秘書だ。彼女には見覚えがあるだろう?」 「ああ。覚えてる」 「彼女が君を助けたんだ」 「え?あんたが?」 仁は泪を見る。 あまりの線の細さに、それだけの体力があるようには見えなかった。 「失礼ね。これでも、希道さん一人ぐらいは守れるようにトレーニングしてるのよ」 「いや…すまん」 「それより、大丈夫?」 それまでの冷たい表情から一転して、労わるような表情に変わる。 「体はな…。いや、右足の膝から下がないか…」 仁は苦笑いした。 「そのことなら、大丈夫。うちの義体専門の施設で用意しよう」 「え…?くれるのか?」 「希道さんは無償で魔女狩りに遭って体を失った人に義体を提供してるのよ」 「だとしても…タダでもらうなんて、できない」 希道と泪は顔を見合わせた。 「それなら、君を傭兵として雇おう。それならいいだろう?」 「俺を?」 「傭兵をしていたんだろ?泪の手伝いをさせるには丁度いい。泪、それでいいな?」 「はい」 泪は笑顔で答えた。  それから、仁は泪と一緒に次々と魔女狩りの犠牲者を助けていった。 そんな中で体中に火傷を負った少女を助けた。 運よく義体を使ったサイボーグになるという形で命を取り留めた。 サイボーグとなった少女は希道の屋敷の一室に運ばれ、ベッドに寝かせられた。 それは、まぎれもなく澪だった その眠る澪を見る泪の眼差しは暗いものだった。 「すげーな。見た目は人間と変わらない」 仁が驚きの声をあげる。 「見た目はね」 哀しそうに泪は言った。 「サイボーグは、この子が初めてじゃないの」 「そうなのか?じゃあ、先にサイボーグになったヤツは、今は元気に生活してるんだろうな」 仁は笑顔で言った。 「みんな死んだわ」 泪は目を伏せた。 「え…」 「義体の自分の体を見るたびに思い出すの。魔女狩りで殺されかけたことを…、自分だけが助かったことを…。その恐怖と負い目に耐えられず、自ら命を絶ってしまう」 泪の目には涙が滲んでいた。 「この子には死んでほしくない。もう、助けた命が消えるのを見るのはいやよ」 「泪…」 泪がいつも冷たい表情をしているのは、多くの哀しみを背負っていたのだと仁は知る。 自分の手で助けた命が自らの意志で消えていく。 何のために助けたのか…という、落胆と哀しみの繰り返しで泪は笑わなくなったのだと。 「…この子には両親がいるよな?両親を見つけられれば、もしかしたら…」 「仁…」 泪が顔を上げた。 「俺が探してきてやるから、心配するな」 仁はニッと笑って言った。 しかし、澪の両親は澪が魔女狩りに遭った翌日に魔女狩りに遭い、亡くなっていた。  それから、泪の疲れた顔をよく見るようになった。 泪は澪の面倒をみながら、仁と一緒に魔女狩りに遭う人間を助けていた。 泪の疲れはピークに達しているように見えた。 その日も疲れきった泪はリビングのソファーで死んだように眠っていた。 その様子を見ながら、向かい側のソファーに仁が座っていた。 そこへ、希道が入ってくる。 「仁か。泪は…」 言いかけて眠る泪を見つける。 「もう、限界なんじゃないか?」 「かもしれない。それでも泪はあきらめないだろう」 「止めないのかよ?せめて、魔女狩りの犠牲者の方は俺に任せる…とか」 「泪が納得すると思うか?」 「しないな」 仁は苦笑いする。 「泪も家族を魔女狩りで亡くしている。本来は、とても優しい女性なんだが…。あまりにも多くの命が消えていくのを見すぎた」 「優しすぎるんだよな。助けられなかった命があると、自分を自分で責めてる。だろ?」 仁はニッと笑いながら言った。 「その通りだ。魔女狩りが終わらない限り、泪の心は救われないのかもしれない」 「魔女狩りか…。なんとかならないのか?あんたの力で」 「政府には働きかけてある。もう、間もなく魔女狩りは終わるだろう。とは言っても、議員の決議がどうのと時間ばかりかかって。魔女狩りの終息にやっと重い腰を上げただけ良しとするしかないのかもしれないが…」 希道は、ため息をついた。 「でも、その間にも人は殺されていく…」 仁は目を細める。 「ああ。それまでは仁と泪の力が必要だ。一人でも多くの命を救うために…。泪には可哀相だが」 「しょうがないな…」 そう言うと仁はため息をついた。 「俺が泪を支えて守ってやるよ。もう、他に守るものもないしな」 仁は笑って言った。 「仁…」 希道は穏やかに笑った。 そして、眠る泪を見る。 「仁。泪を頼んだぞ」 「まかしとけ」 言いながら仁も眠る泪を見た。  それから月日が流れ、仁は泪から澪がやっと前向きに生きることを考えるようになったと聞いた。 それからの泪は、更に優しく強くなったように見えた。 そんなある日、仁は泪と魔女狩りの犠牲者救出に向かった。 魔女狩りの現場へ向かう車の中は緊張で張りつめていた。 ピリピリとした、いつもの空気だ。 「泪。調子はどうだ?」 「大丈夫よ」 「魔女狩りもほぼほぼ終息し始めてるのに、まだ魔女狩りをするヤツがいるのか…」 今では政府が動いて天の羽を次々と捕らえていき、魔女狩りは減少していた。 それでも、まだ、魔女狩りは完全にはなくならない。 「そうね。だとしても、今のあたし達にできるのは目の前の命を助けることだけ。できることをやるだけよ」 そう言った泪の目からは意志の強さを感じる。 そんな表情の泪を見ていると力がみなぎってくる。 前に進む勇気が出てくる。 例え、どんな最悪な状態だったとしても…。 家族を失い生きる気力を失くしていた仁を前向きにさせたのは、泪の存在だったことは言うまでもない。 「そうだな。やれることをやろう!」 仁は笑って言った。 泪もつられて笑う。 しばらくすると、車は魔女狩りが行われているという公園に着く。 本来なら人々の憩いの場である公園で、人が殺される。 なんて世の中だ…。 仁はため息をつきながら、車から降りる。 公園内には車が乗り入れできないように柵があるので、車は公園の外に停める。 泪が車から降りてくると、辺りを見回した。 「結構、広い公園ね。魔女狩りの場所を探すのは大変そう」 その公園はウォーキングコースもあり、ボートに乗れる池もあるほどの広さだった。 「二人で探せば、何とかなるさ」 「…そうね。二手に分かれましょう。魔女狩りの場所をお互いに見つけたら連絡する。それでいい?」 「OK」 仁はニッと笑って言った。 公園には入り口が三か所ある。 その内の一か所に車を停めていた。 泪は車を停めた入り口から、仁は別の入り口から公園に入ることになった。 「じゃ、後で」 泪がはつらつとした笑顔で言った。 「ああ。後でな」 仁も笑顔で答えると、別の入り口に向かった。 これから、魔女狩りの犠牲者を助けるのに、あの笑顔って。 なんだかな…。 そう思いながらも、仁は嬉しそうだった。 自然と他の入り口へ向かうのが早くなる。 仁は他の入り口にたどり着くと、辺りを警戒しながら公園の中に入っていく。 その入り口から入ってすぐはジョギングコースになっていて、辺りを見回すのに障害物になるものはなかった。 辺りを見回しても、魔女狩りらしきものは見つからない。 ジョギングコースを走って行くと、池が見え始めた。 その池を見た瞬間、仁は凍りついた。 池には二つのボートが隣り合って浮いていた。 一つのボートには天の羽が三人、もう一つのボートには泪がいた。 気を失っているのか、泪は意識なく横たわっている。 天の羽と戦ったのか、体の所々に傷が見えた。 「泪…!」 仁は走り出していた。 助けなければ…泪は天の羽に殺される。 今までの犠牲者のように…。 仁の家族のように…。 泪は家族を失った俺にとって、唯一大切な存在…。 だから、失うわけにはいかない! どんなことがあっても助けるつもりだった…。 しかし…。 仁は天の羽が仕掛けた地雷を踏んでしまう。 踏んだ瞬間に地雷だと気づき、地面を蹴って爆発から逃れようとした。 お陰で体のほとんどは無事だった。 ただ、右足の義足と左足の膝から下を失った。 これは天の羽の罠だった。 一人を捕まえ囮にし、もう一人を地雷で殺す。 天の羽が捕まり始め、追い詰められた結果の報復だった。 前々から天の羽は魔女狩りの犠牲者を救う泪達に目を付けていた。 そして、魔女狩りがあるとデマを流し罠をはった。 「泪…!」 仁は自分の体など構わずに両手だけで這って行く。 「我らの邪魔をするからだ」 天の羽の一人が言った。 そして、他の一人が泪に油をかける。 最後の一人はライターをつける。 「やめろ!泪!起きろ!」 「自分のしたことを後悔するといい」 天の羽はあざ笑うように言うと、火のついたライターを泪のいるボートに投げ込んだ。 「やめろー!!」 炎は一瞬でボートに燃え広がった。 炎が強すぎて、泪が炎の中で苦しみもがいているのかもわからない。 「泪!」 自然と涙が溢れてくる。 涙でグシャグシャの顔で、炎に包まれたボートを見ていることしかできなかった。 どんなことがあっても、守りたかったのに…。 守ろうとした手の中から擦り抜け、目の前で大切なものが失われていく。 間違ったことはしてないはず…。 それなのに大切な者の命を、また奪われた。 仁の心の中には暗く沈んだ絶望感だけが残った。  ぼんやりと目を覚ますと、そこは病院だった。 白い天井が虚しさをより一層引き立たせる。 また、俺だけ生き残ったのか…。 「目が覚めたようだな」 その穏やかな声には聞き覚えがあった。 希道だ。 病室は特別室らしく、ベッドの他に応接間のようにテレビや棚やソファーが置いてあった。 希道はソファーに座って本を読んでいた。 「希道。る…」 言いかけてやめた。 聞かなくても、わかるからだ。 「泪は残念だった。澪のように助けることができなかった」 それは希道が駆けつけた時、泪がすでに死んでいたことを意味する。 生きてさえいれば、澪のように義体で生きることもできた。 「そうか…」 仁は目を閉じた。 「仁。君も重症だ。両足の膝から下を失った。最新の治療で傷は治せたが、そのままでは歩けないだろう。また、義足を用意しよう」 「もう、いい…」 「仁…」 「義足はいらない」 「…」 希道はソファーから立ち上がると、仁の寝ているベッドまで歩いてくる。 「そういうわけにはいかないんだ」 「なぜだ?俺がいらないと言っているのに」 「君には、やってもらいたいことがある」 「俺に…?俺はもう何かをする気力もない」 「そのことは十分にわかっている。しかし、君にしかできなんだ」 希道は哀しそうな眼差しで言った。 「希道…。なんだ?どういうことだ?」 「君と同じように、これから魔女狩りによって家族を亡くす少年がいる」 「は?何言ってんだ?」 「その少年を家族の元に迎えに行って、その後は少年のボディーガードになってほしい」 「何言ってんだ?その少年の家族は助けないのか?」 「私だって助けたい。だが、両親まで逃げれば、いつか天の羽から報復を受けて子供の命を奪われるかもしれない。何よりも、それがつらい…と断られた」 「報復…」 仁の目の前で炎に包まれた泪のことを思い出す。 「そうだな…。俺だって泪を助けられなかったんだ。普通の人間に助けられるとは思えない」 「私が少年を守れるなら守りたい。だが、私にはそんな力はない。だから、君に頼んでるんだよ。仁」 「けど…俺に子供の面倒をみることなんてできるとは思えない」 仁は苦笑いする。 「君じゃなきゃダメなんだ。同じ家族を失った痛みを知る君なら、彼の気持ちに寄り添えるはず。私にはできないが…」 希道は辛そうに俯く。 「しかしなぁ…」 仁は困ったようにため息をつく。 「私の代わりに頼む…!お願いだ!このままでは彼は死んでしまう」 希道は涙を溜めた目で、仁を真っすぐに見て言った。 「…」 仁は俯いて、ため息をついた。 「わかったよ」 「仁…」 「もう、誰も死なせたくないからな」 仁は少し哀しみを含んだ穏やかな口調で言った。 「ありがとう…」 希道はポロポロと涙を零して泣いた。 そして、仁は慎のボディーガードになったのだった。
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