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エピローグ
それは澪が慎の前から姿を消して一年後のことだった。
澪は朱音のいたホスピスの廃墟にいた。
あの事件が原因で、阿久津グループの経営者が代わり、事件のあったホスピスは閉鎖された。
色んなところを歩き回りながら、澪がたどり着いたのはここだった。
澪は朱音のいた特別室にいた。
そこには一年前のような機材もなく、家具一つない殺風景な空間だった。
澪は出窓のテーブル板の上に膝を立てて座り、窓の外の海を眺めていた。
そこは通常なら花瓶などを置く場所だったが、澪は数日前から座り続け動くことができなかった。
というのも、一年もメンテをしてない義体は動きが悪くなっていた。
もう、その場所から動くことができなくなっていた。
このまま、放っておけば他の機能も落ちて、やがては生命維持装置さえも機能しなくなり澪は死んでしまうだろう。
この一年、澪は普通の人間ではない自分と慎とのことについて考えていた。
しかし、結論はでなかった。
澪の周りでは、あまりにも大切な人間が死にすぎた。
同じような哀しみを、もう味わいたくなかった。
一緒にいればいい。
そう言った慎の顔を思い出す。
このまま死んでしまえば、誰が死ぬのも見なくてすむ。
誰の人生も狂わせずにすむ…。
澪は死を覚悟して、瞼を閉じた。
その瞬間、特別室に慎が飛び込んできた。
「澪!」
慎は澪を見つけると、澪を抱き抱えた。
「何やってるんだ!どうして、こんなになるまで帰ってこなかったんだ!」
慎は澪の義体の機能異常をネット回線を通じて知ったのだった。
澪の義体についているGPSは大まかにしか位置を示してくれないので、探すのに手間取り、やっと澪を見つけた。
慎は澪を抱きかかえる腕に力を入れる。
そして、澪は慎の肩が震えているのに気づく。
澪は目を開けた。
澪を抱きかかえる慎は泣いていた。
「慎…」
「この一年、澪のことが心配で心配で…。それでも、澪が考えたいならと放っておいた」
辛そうな慎の泣き顔に澪は胸が苦しくなる。
「でも、もう駄目だ。もう、どこへも行くな。澪は何も考えずに、俺と一緒にいてくれ」
慎は声を震わせて言った。
「慎…」
「駄目なんだ。澪がいないと…」
みっともない程の涙を流しながら、弱った表情で慎は言った。
こんなに慎を追い詰めてしまったのは自分だと知らされる。
あたしが傍にいないと…。
慎は…。
「慎…。あたし、もうどこにも行かないから。慎の傍にいるから。だから、もう安心して」
澪は包み込むような温かい声で、そう言った。
「ううっ…!」
澪のその言葉を聞くと、声を殺して泣き始めた。
部屋の外で待っていた仁は、慎が声を押し殺して泣く声を聞いていた。
「まったく、世話の焼けるヤツだ」
もし、誰もが慎のように大切な者を守る気持ちを持って入れば、誰かを陥れる命を奪うような魔女狩りは起こらなかったのかもしれない。
そんなことを思いながら、仁はらしくないと自分を鼻で笑った。
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