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その週の土曜日。夜7時過ぎ、さつきは車を走らせていた。次第に強まる雨音と、FMラジオに混ざるノイズが胸騒ぎを引き起こす。
片側一車線の県道を走って三十分ほどで、人気のない道の駅に着いた。
数台のトラックが停車している以外先客はいないが、なるべく人目につかない入り口から離れた奥の方を選んで駐車する。エンジンを止めて目を瞑ると、ルーフを強く打つ雨の音だけがさつきの耳に入ってくる。
やがて雨音のなかにエンジン音が聞こえた。間もなく、一台のSUVが駐車場に姿を現した。さつきの車を見つけ隣に停めると、一人の女が降りてきた。
女はノックせず、甘ったるいダウニーの香りとともに、さつきの車の助手席に乗り込んだ。ロングの黒髪に上下黒色のスポーツウェア。マスクとサングラスを常に付けており、何度も会ったが、未だに素顔を知らない。
「降ってくれて助かるわ。人も減る」
助手席に座った女は呟いた。
「メイコさん。ごめんなさい、急に」
「二つね」
さつきは財布から現金で四万円を取り出し、メイコに手渡してサングラス越しに目を見つめた。
ちらりと、遠くに停車しているトラックを見た。まさか、中で寝ている運転手は近くでこんな取引をしているとは思わないだろう。
「実は、今回で終わりにしようと思ってます」
「……辞めるの?」
メイコはサングラス越しに、目線をこちらに向けた。
「はい」
「……どうして?」メイコは助手席に深く腰掛け、手で目を覆った。
「最近、余計頭が回らなくなって。お金も、余裕ありませんし……」
「辞められそう?」
「できれば」
それが簡単ではないことはわかっていた。既に衝動に駆られている。依存症ってやつか。
始める前は簡単に絶てると思っていたが、ここまで取り憑かれるとは。
「あのアカウントもそろそろ、足がつかないように消しちゃうよ。やっぱり欲しいと思っても、もう出会えないけど」
しばらく無言が走り、雨音だけが空間を支配する。さつきは「それでいいです」の一言が発せなかった。
沈黙を破ったのはメイコだった。
「よし、提案。私はこれをサービスする」
「サービス?」
そんな虫のいい話があるものかと思ったが、メイコはそんな考えを察したように「その代わり、こっちからもお願いがあるの」と言うと、助手席からさつきの肩に右手を伸ばした。
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