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「……っ!」
全身が重い。痛い。寒い。
さつきは理解が追いつかなかった。仰向けに転がっているようだが、手足は感覚を失っており、脳が出す指令をまるで聞かない。
やっとのことで目を開ける。眩しい白色の照明に目が眩み、自分の身がどうなっているかすら分からなかった。
「おはよう」
声のする方向へ、やっとのことで首を横に向ける。明るい照明に目が慣れてくると、ぼんやりとメイコの姿が浮かんできた。
椅子に腰掛け、退屈そうにスマートフォンを弄っている。整った細い眉、くっきりとした大きい目に二重まぶた。高い鷲鼻。マスクとサングラスを外した素顔は美しかった。
「ここは……」
「まさか、自分から寝てくれているとはね。助かったわ」
視線は一向にこちらを向かず、メイコはスマートフォンを弄り続ける。徐々に身体が感覚を取り戻すとともに、置かれている状況を把握した。
服は全て脱がされている。部屋に漂う冷気に身体の芯まで冷やされ、震えが止まらない。
手首は動かないように後ろ手に縛られ、両足も揃えて固定されている。靄に覆われた頭で、道の駅にいた直後から記憶を辿る。メイコの乗ってきた車に乗ってすぐ、寝てしまっていた。気がついたら、こうなっていた。
部屋を見渡すと、チェッカーフラッグを敷き詰めたような床、真紅の革のソファ、置物の古びたジュークボックス。大きくコカ・コーラのロゴが入ったテーブルの上には無骨な銀の灰皿が置かれており、茶色いシガリロが無造作に乗っていた。
ーーやられた。メイコに、騙されたんだ。
「……解いて!お願い!」
恐怖で身体が強ばり、声が震える。メイコはしゃがんでさつきを覗き込むと、人差し指をさつきの唇に当て、静かにと合図した。
「なんで、こんなこと……」
「聞きたい?」
「お、お金はすぐ返します。だから……メイコさん!」
メイコは首を横に振り、さつきの目をじっと見た。
「最後に教えてあげる」
最後って、何を言ってるんだ?
普通じゃない、この人。ーー怖い。さつきはパニックになり、もがいた。 冷たいメイコの視線が、身体を突き刺してくる。
「メイコってね、偽名なの」
「黒孩子って知ってる?私の故郷の言葉で、戸籍を持たず生まれた子のこと。生まれながらにして、存在していないことになっている」
さつきは、メイコの言っていることがまるで入ってこなかった。
「闇っ子って、日本では言われるみたいだけど、そんなの厭。同じ闇なら、瞑の方がお洒落じゃない?」
「瞑の子で、メイコ。でも、それももう終わり」
メイコはしゃがみこんで、さつきの乾いた唇に人差し指を置いた。
「さつきになるのは、私よ」
「助けてっ、お願いっ!」
メイコは「ごめんね」と呟き、さつきの鼻と口元を白いハンカチで覆った。
視界の隅から徐々に靄が掛かり、意識が薄れゆく。
最後にさつきが見たのは、メイコの冷徹な目であった。ナイフのように尖った目が、脳裏に焼きついた。
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