瞑の子

5/7
前へ
/7ページ
次へ
「……っ!」  全身が重い。痛い。寒い。  さつきは理解が追いつかなかった。仰向けに転がっているようだが、手足は感覚を失っており、脳が出す指令をまるで聞かない。  やっとのことで目を開ける。眩しい白色の照明に目が眩み、自分の身がどうなっているかすら分からなかった。 「おはよう」  声のする方向へ、やっとのことで首を横に向ける。明るい照明に目が慣れてくると、ぼんやりとメイコの姿が浮かんできた。  椅子に腰掛け、退屈そうにスマートフォンを弄っている。整った細い眉、くっきりとした大きい目に二重まぶた。高い鷲鼻。マスクとサングラスを外した素顔は美しかった。 「ここは……」 「まさか、自分から寝てくれているとはね。助かったわ」  視線は一向にこちらを向かず、メイコはスマートフォンを弄り続ける。徐々に身体が感覚を取り戻すとともに、置かれている状況を把握した。  服は全て脱がされている。部屋に漂う冷気に身体の芯まで冷やされ、震えが止まらない。  手首は動かないように後ろ手に縛られ、両足も揃えて固定されている。靄に覆われた頭で、道の駅にいた直後から記憶を辿る。メイコの乗ってきた車に乗ってすぐ、寝てしまっていた。気がついたら、こうなっていた。  部屋を見渡すと、チェッカーフラッグを敷き詰めたような床、真紅の革のソファ、置物の古びたジュークボックス。大きくコカ・コーラのロゴが入ったテーブルの上には無骨な銀の灰皿が置かれており、茶色いシガリロが無造作に乗っていた。  ーーやられた。メイコに、騙されたんだ。 「……解いて!お願い!」  恐怖で身体が強ばり、声が震える。メイコはしゃがんでさつきを覗き込むと、人差し指をさつきの唇に当て、静かにと合図した。 「なんで、こんなこと……」 「聞きたい?」 「お、お金はすぐ返します。だから……メイコさん!」  メイコは首を横に振り、さつきの目をじっと見た。 「最後に教えてあげる」  最後って、何を言ってるんだ?  普通じゃない、この人。ーー怖い。さつきはパニックになり、もがいた。 冷たいメイコの視線が、身体を突き刺してくる。 「メイコってね、偽名なの」 「黒孩子(ヘイハイズ)って知ってる?私の故郷の言葉で、戸籍を持たず生まれた子のこと。生まれながらにして、存在していないことになっている」  さつきは、メイコの言っていることがまるで入ってこなかった。 「闇っ子って、日本では言われるみたいだけど、そんなの厭。同じ闇なら、瞑の方がお洒落じゃない?」 「瞑の子で、メイコ。でも、それももう終わり」  メイコはしゃがみこんで、さつきの乾いた唇に人差し指を置いた。 「さつきになるのは、私よ」 「助けてっ、お願いっ!」  メイコは「ごめんね」と呟き、さつきの鼻と口元を白いハンカチで覆った。    視界の隅から徐々に靄が掛かり、意識が薄れゆく。  最後にさつきが見たのは、メイコの冷徹な目であった。ナイフのように尖った目が、脳裏に焼きついた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加