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『……晩上好。メイコだけど。免許証を送るから、この顔にお願い』
『ごめんね、思いの外時間を掛けた。身寄りのない、同い年くらいの女を探すのに手間取ったわ』
『誰が好き好んで鬼子になんてなるのよ。もう選んでられないの』
『協力ありがとう。あとはよろしくね。好梦』
外の空気は既に冬の様相を呈し、吐く息を白くさせた。
深い山の中から道の駅の駐車場に戻ったメイコは、スマートフォンをポケットに仕舞い込み、空になったコーヒー缶を捨ててさつきの車に乗り込んだ。
「……はたけやま、さつき」
ルームミラーに映る自分の青白い顔と、さつきの運転免許証の顔と見比べる。
小さい鼻に一重まぶたの細目、丸みを帯びふくよかな頬。気に入った顔というわけではなかったが、仕方がない。
スマートフォンのメモに、山積しているやるべきことを書き込んだ。さつきの会社には明日にも退職代行で届出を出さなければいけない。家だって引き払わねば。全て慎重にことを運ばねば、全て水の泡と化す。
いずれ私はあと少しで「畠山さつき」になる。ーーやっと、人間になれる。存在しない子として生まれてきた、この私が。
「私は、畠山さつきです」
そうぽつりと呟き、シフトレバーをドライブに入れた。
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