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半年後。香港、銅鑼湾ーー。
「あーあ、勿体ないね。あんだけの美女捨てるなんて。まるで、そこらの観光客が迷い込んだみたいだぜ」
シガリロをふかしながら、男が呟く。傍に立つさつきを、蜂蜜に似た香りの煙が包む。
「……協力、感謝するわ」
「向こうでこんな大手術施すヤツ探すのは流石に骨が折れた。本土とじゃワケが違う」
「ところで、さつきはーー」
「心配すんな。必要なトコ取って消した」
さつきはぎこちない笑顔を浮かべた。まだ上手く筋肉を動かせないでいる。その様子を男は苦笑した。
「ところでよ、これからどうするつもりだい?」
「……さつきとして生きる。この顔結構気に入ったわ」
「理解できん。刺激がないだろうに」
男は右頬の古傷を撫でながら、つまらないといった表情で痰を吐いた。痰はそのまま海に流された。
「またな、メ……いや、さつき」
「じゃあね、ありがとう」
「好きだったろ、これ」
男は吸いかけのシガリロをさつきに手渡すと、何も言わずに立ち去った。ほのかに甘い香りがさつきを包んだ。
さつきはシガリロをふかして地平線を眺めた。太陽が存在を知らせるように、ぼんやりと東の空を藍色に染め始めていた。
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