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「お母様、結婚して良かった?」
「勿論よ。毎日優雅でしょ、社長夫人」
「図太いのね、やっぱり……」
「神経細かったら社長夫人なんて出来ないの。夫の成功は妻のお陰ってこと」
お母様はそう言ってマイペースに食事を続けている。
お母様って何もせずにお金持ちになっているし……考えてみたら、本物の成金だわ。
「あなたは自分で物事を成し遂げたんだから、好きに生きても良いわよ」
「それって、どういうこと?」
「そのままの意味よ。無理に結婚しなくてもいいってこと」
「そう」
確かに、あたしは生活のために男性の元に嫁いだりしなくても充分生きて行ける。
でも、お母様はあたしがアルと出会ったことを知らない。
「それって、誰と結婚しても良いってことでもあるわけね?」
好きに生きて良いって意味を、あたしに都合よく捉えるとそうなる。
アルと結婚するのは、好きに生きること以外の何物でもない。
「うーん、我が家の財産を食いつぶす人はやめてね」
「そうね、それは注意した方がいいわね」
実家に迷惑をかけなければいいのかしら?
そんなことを考えながら、やっぱりあたしのお母様は神経太くて肝が据わっているわねって、改めて尊敬した。
*
あたしは、自分のトランクに服や日常に必要なものを詰めておいた。
一週間程度の旅行に使うトランクは、大きくて夜逃げ位ならできそうな量の荷物が入る。
アルと結婚したらどんな行動を取らなきゃいけないかまだ聞けていないから、旅行の時に持って行くような荷物しか詰めていない。
何となく、トランクひとつでこの家を出ることになるような気がしていた。
これまで生きて来た功績や名声みたいなものを全部捨てて、きっと逃げるようにアルの元に行く。
それが嫌だと思ってはいないけど、色んな人にごめんなさいって気持ち。
研究室のみんな、お父様、お母様、お姉様、お兄様、マティアス、メリー、これまであたしに良くしてくれた人たち……。
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