心の準備

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あたしは本棚から日記帳を取り出した。 今の気持ちを書き残して、お父様とお母様へ届くか分からない置手紙にしようと思う。 あたしの愛する人たちが、あたしがいなくなっても幸せであってくれますように。 あたしも、アルと一緒に幸せに暮らすから。 『これを読んでくれている方へ』 あたしは、誰がこれを手にとっても良いような書き出しで始める。 何を書こうか自分のこれまでの人生を振り返ってみると、つくづく、あたしの生きて来た18年間は、とっても幸せだったんだわって思い知った。 うちは階級こそ低いけれど、あたしの発明を評価して尊重してくれるお父様がいる。 そして、何も口は出さないけれど、どんと構えていてくれるお母様がいる。 お兄様もお姉様も、みんなあたしのことを呆れるでもなく見守っていてくれたし、同級生たちも異質なあたしと普通に接してくれた。 マティアスのようにあたしを見下さないでいてくれた幼馴染がいたから、あたしは貴族を敵だと思うことも無かった。 クリオス社のみんなは社長令嬢で加護持ちのあたしに、力をくれて商品化を実現させてくれた。 うん、なかなか、ここまでの人生は捨てたもんじゃないわね。 そう思ったら、これを手放す一週間後の新月が、とても寂しく不安になる。 アルと一緒にいたい。アルが一番好き。 だけど、かけがえのない人たちを失うのは、やっぱりとてもつらくて悲しい。 あたしは日記に今の想いを綴りながら、久しぶりに涙を流した。 こんな時こそ、アルに会いたい。 だけど、今はひとりで乗り越えなきゃならなかった。 大切な人たちを失わずに、アルと一緒にいることは……きっと叶わない。 これから幸せに向かって行くはずで、あたしは好きな人と結ばれるんだから、こんな風に寂しくなるのはおかしいって言われそう。 だけど、当たり前のように居る大切な人たちのことを考えたら、やっぱり涙が次から次に溢れて、あたしの目から零れるばかり。 日記が濡れたらインクが滲んじゃうって、慌ててハンカチを目に当てて、あたしは暫く泣くことに専念した。
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