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 ──好きなんだ。    付き合ってほしい。 半月前。 図書委員のわたしが、当番を終えて帰る、その放課後。 ひとけのない廊下で待ち受けて、彼はわたしにそう言った。 「え? ……」 誰が、と思った。 誰を、と辺りを見回した。 誰もいない……。 このひとと、わたしきり。 訝しさがきっと、顔いっぱいに出ていた。香月のことが、と彼はもう一度言った。 「ずっと前から、香月のことが好きだった」 そこまで言われてやっと、わたしは驚いて、慌てて──それから、あっ、とひらめいた。 「あの」 「別に罰ゲームとかじゃないから」 ぱしん、と打ったみたいな口調。 真剣、みたいな。怒った、みたいな。 彼のそれがどんな感情から来るものなのか、わたしにはわからなかった。 彼というひとは、わたしにとって、それくらい遠いクラスメイトだった。 そう、遠い──。 いつも人に囲まれているひと。 知らず知らず、人が寄っていくひと。 彼はそういうひとだから。 何を。 ──どう言えば、いいのか。 どんな顔をすればいいのか。 真っ白になった頭でつい、うっかりと、わたしは彼を見つめてしまった。 「ふはっ」 彼は笑った。 「──え。え、」 「くくっ、ああ、…参ったな」 なにを言っているの、このひと。 「あの」 「驚いた?」 驚いた。…だって。 突然で……。 「でもほんとに、ずっと前から香月のこと見てたから」 少し目じりを下げて、彼は笑った。 手癖みたいに、前髪を後ろに掻いた。 気さくそうな、仕種に見えた。 「別にからかってるんじゃないよ」  ……そうかも、しれないけど。 「考えてることが手に取るようにわかるのが可笑しくて」  ……顔に出ちゃったのは、申し訳ない、けれど。 「だから香月」 ……どんな顔を、したらいいのか。わたしは。 「ひとことだけ応えてくれればいいから」 「…あの、」 「付き合ってください」 ……このひとに何を、言ったらいいのか。 「はいって言って、香月」 「あの、え、…はい。……え?」 え? 流されてしまったのは、他人にうまく言葉を伝えられないわたしのせい? それとも。 ぱっと陽が射すみたいにほころんだ彼の、笑顔のせい? ──…ああ、だめだわ。 わたしのコミュニケーション能力じゃあ、こんなひとにはついてゆけないもの……。
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