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覚えてる。 クラス替えが終わって、新しい教室にも慣れたころ。 雨上がりの午後だった。 降り続いた春雨の終わりに、中庭はすっかり、葉桜の景色。 購買に続く渡り廊下は、行き交う生徒の靴底で、泥と花びらに汚れていた。 誰が、ジュースを奢るとか──彼らはきっと、そんな話をしていた。 楽し気な男の子たちとのすれ違いざま、わたしの足元に、黒い小物が飛びこんだ。 「あー、ごめん!」 誰かが声をあげた。 拾うのは、わたしが早かった。 うっかり、踏まなくてよかった。 けれど。 小さな黒いコインケースには、湿った泥。 ……少し、忍びない。 手持ちのハンカチでぬぐってから、彼らへ差し出す。 さっと歩み出て、受け取ったひと。 背の高いひと。 顔も名前も、わからなかった。 「お礼とお詫び」 クラスメイトと知ったのは、そんな言葉とともに、平たい包みを渡された翌日。 朝の教室はまだ、ひともまばら。 昨日はありがとう。 ──その声が。 まるで素敵な魔法の言葉みたいに。 こころのどこかに触れて──わたしは、ふと顔をあげた。 あ、と思って、見上げた。 背の高いひと。 昨日の……。 おや、と彼が目じりを下げた。 「ああ、やっとこっちを見た」 「あ……」 なんだか、困る。 そわそわする。こんな。 こんなひと、だったかしら。 そういえばわたし昨日、相手の顔を、よく見てたかしら。 差し出されるままに……。 受け取ってしまった、シックなラッピング。 それの中身は、なんとなくわかる。 やっぱり彼が、昨日のあのひと。 「こんなこと。…してもらわなくても」 「いいから」 「でも」 「貰って。嬉しかったから」 彼の言葉がわたしに触れる。 「──…あの」 「うん」 くすぐったくて、わたしは探す。 「…じゃあ、あの。…ありがとう、ございます」 それは胸のどこか。 ふわふわと揺れる、不思議ななにか。 「変だな」 「え」 「俺がお礼言ってるんだけどな」 そうして彼は、やんわりと、目配せ。 ──…覚えて、いる。 「昨日はありがとう、香月」 今と変わらない、あの笑顔。 くすぐったくって、きゅってなる。 ふわ、ふわ、揺れる。 それはなに? 「どう…いたし、まして」 これはなに?
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