1.突然の来訪者

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僕の胸に両手をついて身体を離した彼女は、自分の身体よりも一層細い声で告白した。 「昨日、着いたの、ここに……」 「昨日って……。丸一日ここにいたのか?」  彼女は、僕を上目遣いで見て、叱られた子供のようにコクリとうなずいた。そして僕をなじるように睨んだかと思うと、唇を噛み、まつ毛をぴくぴくと震わせる。 「とにかく、入れよ」 僕は彼女の目から涙が落ちる前に玄関の鍵を開けることに成功した。 僕はまっすぐ玄関横の洗面所兼脱衣室に入ると、脱衣用の籠に花柄のバスタオルを放り込む。そして、ボイラーのスイッチを入れた。 再び玄関に戻ってくると彼女は玄関タイルに立ったまま、サマーニットを首から引き抜こうとしていた。現れた真っ白のブラジャーがまぶしい。例年に増して鬱陶しい今年の梅雨の日々で、目に眩しさを感じたのはこれが初めてではなかろうか。壁に立てかけられたバイオリンケースの威厳のある黒と対照をなす、すがすがしい白だった。 彼女がベルトを緩めようとする。僕は慌てて、脱衣室で脱ぐように勧めたが、几帳面に掃除された玄関ホールに砂ぼこりを落とすのが忍びなかったとみえる。 真っ白の上下だけになった彼女は浴室に消えていった。
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