1.突然の来訪者

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ブラームスのバイオリンソナタ第一番。通称「雨の歌」。第三楽章で歌曲「雨の歌」の旋律が使われていることからそう呼ばれている。だが、僕はこの曲は全体的に雨の雰囲気が浸みこんでいると思う。特に第一楽章は、抒情的な第一主題と重厚な第二主題の下で、ピアノが雨だれを連想させるような伴奏を奏でるのだ。 指導教授に夏休みの課題曲としてこの曲が与えられたのだそうだ。 第一楽章が終わり楽器を下ろすと、彼女はほっと溜息をついた。顔には不満足の色が滲み出ている。暗譜も完璧で技術的にも大きな欠陥はない。音大生ならこの程度で十分優秀だ。しかし彼女は自分の演奏に納得が行っていない。だから僕も、素人ではあるけれど辛めの意見を述べなくてはならない。ここで褒めようものなら、彼女は機嫌を悪くして、この悪天候の中、傘もささずに僕のTシャツとハーフパンツのまま飛び出して行くだろう。
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