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黒く塗りつぶされた画面に点々と灯るぼんやりとした白い光。どうやら私は暗闇の中から一棟の建物を見ているようだった。建物は平屋でしんと静まりかえっている。誰もいないのだろうか。すると、突然右方向から話し声が聞こえきた。
「航くんのお母さん、まだ迎えに来ないんですか?」
「ええ、お仕事が忙しいそうよ。毎日毎日遅くまで航くんも可哀想だわ」
「仕事があるとはいえ、もう少し航くんのこと考えてあげあられないんでしょうか……」
「そうね、だけど仕方ないわ。家庭にはそれぞれの事情があるから」
女性たちの会話で私は気付く。私は今夢を見ているということに。しかも、これは良いものでない。いわゆる悪夢というやつだ。疲れていたり、精神的に不安定になると決まって見る夢。過去の記憶、トラウマと言い換えてもいいだろう。
保育園の一室の隅に座り込む小さな子ども。あれはかつての私だ。他の園児が一人また一人と帰っていく中、私は母をいつまでも待ち続けていた。日が落ちて暗くなり、夜が深くなるまで私は待っていた。
そんな時間になってしまうと、当然他の園児はもう誰もいないので、おしゃべりをしたり遊んだりして時間を潰すこともできなかった。時を刻むごとに心は冷えていった。寂しくて寂しくて早く母に会いたい思いだけが積もっていく。母が私を迎えに来るのは私が眠りに落ちかける頃だった。
保育士は子どもの私でも分かる疲れ切った顔で「よかったね。気を付けて帰ってね」と言って送り出していたことを覚えている。うつらうつらとしながら母に手を引かれ歩く。母が迎えに来てくれたことが嬉しいはずなのに、心は温まらなかった。
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