帰路

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 停車の揺れで私は目を覚ました。寝ぼけまなこで車内電光掲示板を見る。あと一駅で最寄り駅だ。危うく乗り過ごすところだった。私は居住まいを正し、駅に着くのを待った。  電車を降りエスカレーターを上り改札を抜けると、私はそこで足を止めた。ザァザァと音を立てながら横殴りの雨が降っていた。私は鞄の中に入っているであろう折り畳み傘を探る。しかし、折り畳み傘は入っていなかった。  いつもなら降水確率0%でも常備しているというのに、こんな日に限って家に置いてきてしまったらしい。雨が少し弱まるまで待つしかないだろう。帰宅するというだけなのに、なぜかとても疲労感が増しているような気がした。  待つのは好きではない。あの頃を思い出してしまうから。けれども、私はもう自分の足で家に帰ることのできない子どもではない。私は大人なのだ。しかし、なんだろうかこの空しさは。  大人になったら過去の辛いことは忘れられる。子どもの頃の私はそう思っていた。だけど、事実はそうじゃなかった。傷は傷のままでふとした瞬間にその存在を思い出して苦しくなるものなのだ。  そして、大人はその傷を見ぬふりすることが上手くなるだけなんだ。例えば血が出ていても。例えば瘡蓋(かさぶた)ができていても。例えば膿が溜まっていても。そういったものを無いもののように扱うことができるようになる。  だから、それを見つけたときに見ぬ振りした分だけ、余計に苦しむ。
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